トランプを切り口にアメリカ社会と政治の混迷をあぶり出すドキュメンタリー
ネタバレ
アメリカ中間選挙を控えた2018年に公開された「アポなし突撃ドキュメンタリー監督」として有名なマイケル・ムーアのドキュメンタリー映画。トランプがアメリカ大統領になったからくりを暴き出す!みたいなコピーや紹介が踊っているので、2016年の大統領選挙時にトランプが行った暴挙をつまびらかにする暴露系ドキュメンタリー映画と思ったらちょっと違いました。
問題はトランプじゃないんですね。いや、トランプも大問題な男ですけど。
冒頭から序盤にかけては2016年の大統領選挙選で勝利を確信して浮かれまくってた民主党サイドや、実際にはトランプが当選しちゃって一転してしまう様子、トランプが出馬するきっかけになったらしいくだらない理由、マイケル・ムーアとのテレビ共演、愛娘イヴァンカへのやや異常な溺愛のしかたなど、マイケル・ムーアらしい皮肉と嫌味たっぷりに映し出されます。
ニュースなどの映像を素材を切り貼りし、そこにテロップや音楽をのせてシニカルに編集するセンスは流石ですね。
ただ僕もトランプはあまり好きではない、はっきり言っちゃうと嫌いなんですけど、全編こんな調子でトランプをこき下ろすような作りだったらちょっと辟易しちゃうなぁとは思ってました。ヒトラーとの比較は面白かったですけどね。流石に飛躍ししすぎじゃないかと思ったけど、ヒトラーの演説の様子や音声を聞いてると確かにちょっと似てます。別に画期的なことや小難しいことは全く言ってないけど、聴衆の煽り方やその場をコントロールする話術に長けているところが。
しかし本作の中心として描かれるのはそういったトランプ個人のことではありません。
トランプの富豪仲間スナイダーが知事となったミシガン州で行う謀略。
そのスナイダーが自らの利益のみを追求するために鉛で汚染された水道に苦しむフリントの街。
既得権益のために大衆からの人気のあるサンダースを捨ててヒラリーを選んだ民主党。
人種差別、ヘイトクライムがより顕在化していく社会。
国民投票をしながらも未だに選挙人制度が続く大統領選挙。
遠山の金さんよろしくスナイダーをギャフンと言わせようと集会に招致したらまさかの見て見ぬふりをするオバマ大統領。
そこには政治や権力の腐敗がまざまざと見てとれます。そしてそのために多くの人の健康や生活、安全が犠牲となっているのかも。特にオバマ大統領のフリントでの水道水へのパフォーマンスは衝撃的でした。まるで遠山の金さんが悪代官に対して桜の彫り物を見せるどころか「問題なし!」と言い放ってるみたいなものじゃないですか。
これでは政治に対しても選挙に対しても失望してしまうのは仕方ないでしょう。失望の先には諦め、無関心が待っています。どうせ何をしたところで変わらない、結局は自分たちの意思表示や意向は無視されてしまうのだからと。
こういった状況、環境がトランプのような男を大統領にしてしまう土壌をジワジワと醸成していったのでしょう。大衆にとっては悲劇ですが、トランプにとってみればこれ以上ない好機だったのかも。
こうしてみると政治への諦めという点では日本もアメリカも似たような問題を抱えているんですねぇ。
でもそこで誰もやらないなら自分がやる!と自ら下院議員になって声を上げる人たちが現れてきたり、低賃金にあえぐ教師たちがストを起こして全米に広がっていったり、銃乱射事件によって高校生が自分たちの力で銃規制を訴える運動を展開したりと、一般人が行動を起こしてムーブメントを作ったりするところはやっぱりアメリカだなぁと。
日本ではなかなか声を上げる人がいてもそれが全国へ波及していくというのはなかなか無いものなぁ。
なかなか日本では報道されないようなことや一般人目線でのアメリカの抱える闇を色々とりあげられていて非常に興味深い作品ではありました。
トランプ個人もそりゃヤバいんだけど、それ以上にアメリカが今どうにかしないといけない混沌にいるんだということをこのドキュメンタリーから感じることができます。その象徴、メタファーがトランプという存在なのかもしれません。
昨年の大統領選でトランプは破れ、バイデン政権が誕生したもののとても問題が好転しているとは思えず。未だコロナ禍は終息せず、ロシアによるウクライナ侵攻が始まり、アメリカはおろか世界情勢はすっかり変わってしまいました。
そんな中、来月にもトランプが再び大統領選に出馬するという話もでてきてる今日このごろ。
マイケル・ムーアはまだまだ休めませんね。
というわけで最初はマイケル・ムーアの主観、持論によってトランプを茶化したり皮肉ったりするものに見えるけど、実際はトランプを切り口としてアメリカが抱えている問題を描き出すための「つかみ」となっている構成には感心しました。トランプ個人をただこき下ろすだけのものであれば面白くはあってもただそれだけのあまり品のない作品になってたのでは。そうではなくってその元にあるもっと広い視点や問題提起、そしてその先は観る者に託されていることを示すものになっていく展開に知らず知らず見入ってしまいました。軽く考えてたけど予想外に真面目でしっかりした分析をした作品だったことを評価しまして、個人的評価は100点満点中70点です。