家族の多様な在り方をテーマにすることは、人間関係の根源を知る手掛かりになると思う。
本作は特別養子縁組制度を利用する、2人の母親を中心に子を養子に出す側と受ける側両面を描く。
1人は育ての親で6年の歳月を経て息子との絆を保育園でのジャングルジム事件を通じて確認し育み、自分も成長していく。
このジャングルジム事件は東京湾岸のタワーマンションのヒエラルキーも感じられて桐野夏生の小説を思い出した。
育ての親側の不妊治療をめぐる心理的な葛藤と負担、夫婦間の絆の再確認のプロセスを丁寧に描かれ彼らの家族観の揺らぎが切ない。
特別養子縁組制度を知り、その説明会に夫婦で出席し養子をとる決断に至る描写はドキュメンタリー調だが、そこで養子を迎える側は夫婦いずれか一方が必ず養育に専念することが条件とされることの質疑のやりとりが若干ひっかかった。
ただそれも迎える側の経済的バックボーンを暗黙の条件として子供保護を考えてのことかなと考えた。
赤ん坊を受け取り抱く2人の姿は、新しい家族の誕生であり保護される子供にとっても家族に望まれる存在として新しい家族の一員となる。
ここまで永作博美が抑えた演技で無精子症の夫をよく支え好感が持てた。
もう1人の生みの親である女子中学生の子を手放すまでのエピソードは、欲望に任せる行為が思う代償を払うことになることに気ずくまでが幼稚すぎた。
緑の芽吹きや桜並木の美しさと人間が自然のままでありすぎることの代償のギャップ感が迫る。
初潮がないのに妊娠することもあるというのは知らなかった。
優秀な姉同様に進学を期待する両親の心情はわかるが、仲の良い親族に事情を話してしまうのはちょっとデリカシーに欠けるのではと思う。
それでも家出するほどには思えないのだが。
彼女が家庭的にもっと恵まれない妊婦たちと出会い学習したのではとも思うのだが。
また妊娠させたBFの謝る姿だけが描写されるが、BFの家族は一切登場せず現実感に乏しい。
家出して一旦養子縁組の会に身を寄せるが、実家との連絡はないのだろうか?
会も会長の病気で閉鎖する展開なのだが、他の組織や引き継ぎ等しないのだろうか?
養子縁組に関する個人情報はどうなるのだろう?
これらの疑問点が噴出してきた。
彼女はお決まりの転落(悪い友人ないしは馬鹿な友人の導き)で出産した頃とは大きく変容してしまう展開だが、6年の経過で生みの親を間違えるという展開はやや疑問に思った。
それでも育ての親が生みの親が渡した手紙をきちんと保管していて子供に伝えていることを知り、生みの親が金をせびりに来た自分を悔悟し自分が生みの親であることを嘘だったと語り育ての親に土下座して謝るシーンは切なすぎる。
その後育ての親のもとへ生みの親の行方を捜す警察の訪問を受け、実は彼女が本人だったことを知り、彼女が生みの親でないと断定したことを後悔するのだが、彼女をすぐに探し当てて謝罪し息子を紹介するエンディングはちょっと性急すぎないかと思った。