黒沢清監督のサスペンス作品といえば、
独特の雰囲気とサスペンス要素が特徴的な【黒沢サスペンスワールド】が想起される。
しかし、本作においては、
その概念を覆すような異質(一般的にはノーマル)な世界観が展開されている。
どこが変わったのか?
従来の黒沢作品では、観客を不気味な空間に引き込み、
予測不能な展開で翻弄することが特徴であった。
しかし本作では、舞台となる主人公のアパート、
工場や警察署など、極めて現実的な空間が丁寧に描かれている。
エキストラの多さや、セット、ロケセットの緻密さなど、
リアリティを追求した作り込みは、
これまでの黒沢作品とは一線を画すものと言える。
このリアリティの追求は、
一見すると黒沢作品らしからぬアプローチのように思える。
しかし、よく考えてみると、このリアリティこそが、
本作における新たなエンターテインメント的な恐怖を生み出す要因となっているのではないだろうか。
黒沢監督のスタイルとは?
私は、黒沢監督の作品に二作品で携わる機会を得たが、
監督の最も特徴的な点は、
観客の予測を裏切る巧妙な手法にあると感じる。
シナリオ、演出、撮影、美術など、あらゆる要素を駆使して、
【論理的な世界観の中にわずかなズレ】を生み出す。
このズレは、観客の意識下で徐々に大きくなり、
最終的には強烈な恐怖感へと繋がっていく。
例えば、ある場面では、論理的に説明がつくはずの出来事が、
わずかに不自然な形で描かれる。
このわずかな違和感こそが、観客の不安を煽り、不気味な雰囲気を作り出す。
リアリティを追求した舞台設定の中に、
わずかな非現実的な要素を散りばめることで、
観客を困惑させ、不安感をあおる。
観客は何かがおかしいと気づいたときには、黒沢沼にはまっている証拠だ。
この作品における恐怖は、
単に怖い映像を見せることによって生み出されているのではない。
それは、【観客の論理的な思考と、映像によって提示される非論理的な要素との間のギャップ】から生まれる。
このギャップが、観客の不安を煽り、恐怖感を増幅させる。
まとめると、
本作は、黒沢清監督が新たな境地を開拓した作品と言えなくもない。
今までの作品のような異質な空間の設定ではなく、
リアリティを追求した舞台設定と、
わずかな非現実的な要素を組み合わせることで、
観客に異様な恐怖感を与える。
この作品は、従来の黒沢作品とは異なる魅力を持っている、
新たな黒沢エンタメワールドの始まりなのかもしれない。