1911年のヴェニス(ヴェネチア)。ドイツ有数の作曲家・指揮者であるグスタフ・アシェンバッハ(ダーク・ボガード)は休暇をとって、ひとりこの水の都へやってきた。蒸気船やゴンドラの上で、さんざん不愉快な思いをしたアシェンバッハは、避暑地リドに着くと、すぐさまホテルに部屋をとった。サロンには世界各国からの観光客があつまっていた。アシェンバッハは、ポーランド人の家族にふと目をやった。母親(シルヴァーナ・マンガーノ)と三人の娘と家庭教師。そしてアッシェンバッハは、母親の隣りに座った一人の少年タジオ(ビヨルン・アンデルセン)に目を奪われた。すき通るような美貌と、なよやかな肢体、まるでギリシャの彫像を思わせるタジオに、アシェンバッハの胸はふるえた。その時からアシェンバッハの魂は完全にタジオの虜になってしまった。北アフリカから吹きよせる砂まじりの熱風シロッロによってヴェニスの空は鉛色によどみ、避暑にきたはずのアシェンバッハの心は沈みがちで、しかも過去の忌わしい事を思い出し、一層憂鬱な気分に落ち込んでいった。ますます募るタジオへの異常な憧憬と、相変らず重苦しい天候に耐え切れなくなったアシェンバッハは、ホテルを引き払おうと決意するが、出発の朝、朝食のテーブルでタジオを見た彼の決意が鈍る。だが駅に着くと、自分の荷物が手違いでスイスに送られてしまったため、アッシェンバッハはすぐにホテルに引き返した。彼の心は、タジオと再会できる喜びでうちふるえていた。彼はもう、タジオへの思いを隠そうともしなかった。タジオの行く所には、常にアシェンバッハの熱い眼差しがあった。タジオもそのことに気づき始めているようだ。しかしこの頃、ヴェニスには悪い疫病が瀰漫しはじめていたのだ。街のいたる所に、消毒液の匂いが立ちこめ、病いに冒され、黒く痩せ衰えた人々が、行き倒れになっていた。しかし、観光の街ヴェニスにとって旅行者に疫病を知られることは死活問題であり、地元民はそれをひた隠しにした。そのことを何とか聞き出したアシェンバッハは、それが真性コレラであることを知った。それでも彼はヴェニスを去ろうとはしなかった。彼は身も心もタジオの姿を追い求めて彷徨っていた。タジオのために、化粧をほどこし、若づくりをするアッシェンハッハだったが、コレラに冒され、極度の精神的疲労も加わり、彼の肉体は急速に衰えていった。浜辺の椅子にうずもれたアシェンバッハの目に、タジオのあの美しい肢体が映った。海のきらめきに溶け込んでゆくかの如きタジオの姿に、アシェンバッハの胸ははりさけんばかりとなる。そうして最後の力をふり絞って差しのべた手も力尽き、アッシェンバッハは、タジオの姿を瞳に焼き付けながら、遂に息絶えるのだった。