もと大学教授の鷹野冬吉は、めまいがもとで、勤務先の松江歴史史料館で大事な縄文土器を床に落として破損してしまいやがて勇退を勧告された。その事を老妻・菊代に言いそびれたまま、毎朝弁当を手にあてのない出勤を繰り返している。冬吉には三人の子供がいた。奥出雲に嫁いだ長女の信恵。大手スーパーストアの店長となった長男の治雄。彼には同じ店に勤める友子という愛人かおり、この間題で妻の桂子とは喧嘩が絶えず仲は冷えきっていた。そして、独身で温泉町にバーを営む次女の光恵。ある日、夏休みで遊びに来ていた孫の豊を連れて、山陰の洞穴遺跡を訪れた冬吉は、帰り道を失念してしまう。彼は大学病院で“アルツハイマー型老年痴呆症”と診断された。ある夜、冬吉は日本海へ身を躍らせる。その後姿を追った菊代は、心臓発作で倒れ入院した。病院に付き添った桂子は、ドア越しに自分がアルツハイマーだと聞いてしまった冬吉の、自らの無残な老後を引き受けようとする姿に感勤。桂子の希望で、冬吉は大阪の治雄一家に引き取られることになった。冬吉の痴呆は、徘徊、幻覚と進行していく。自分が義母になりかわるしかないと覚悟を決めた桂子の顔は生き生きとしてきた。かつてのアルコール依存症も消えた。治雄も単身赴任先の神戸からよく顔を見せるようになり、孫の里美も豊も冬吉の徘徊に同行する。冬吉のボケがこの家族の亀裂を埋めていった。すっかり桂子を妻と思い込む冬吉は、散歩に出た公園でキスをねだる。そして、お礼にと預金通帳を桂子に無理やり手渡す。退院した菊代が冬吉を引き取りに来たが、冬吉は菊代の顔を見ても誰なのかわからない。衝撃を受けた菊代は、再度発作を起こし亡くなってしまう。苦悩の末、治雄は冬吉を精神病院に入院させることを決心する。数日後、そこを見舞った時、彼が目にしたのはベッドに縛りつけられた冬吉の無惨な姿だった。治雄は車で冬吉を家に連れ戻す。今度こそ、皆で冬吉を守ろうと堅い絆で結ばれたこの家族がやがて見たものは、壊れたゆきひらを土器の修復でも試みようとするように様々に重ね合わす冬吉の無心な姿だった。彼の口から呟きがもれる。それはかつて菊代が口ずさんでいた「花いちもんめ」のメロディだった。