熱気と興奮が渦巻くボクシングスタジアムに、今日も隼の姿があった。よれよれのレインコートに身を包んだ隼こそ、元東洋チャンピオンである。過ぎ去った栄光の夢を追っているのだろうか。しかし、今はもう彼に気づく者は誰もいない。隼が天馬と出逢ったのは弟の死が原因であった。隼のたった一人の弟淑はビル解体の工事現場で事故死した。機械の故障による不慮の事故だった。そのクレーンを運転していたのが天馬である。不幸にも同じ工事現場で働く仲間の事故、しかも同じ職場の女性みずえと淑は結婚を間近かにひかえていた。そして天馬もみずえに恋心をいだいていたことから「わざとやったんだ」という心ない噂が、失意の隼の耳に伝わってきた。「涙橋食堂」には毎日いろんな人が集まってきた。天馬も常連の一人である。食堂に来た隼は、天馬がボクシングジムに通っていることを知る。天馬はチャンピオンを夢みて沖縄から上京していた。初試合の日が迫っている。毎日のハードな練習も効果なく、天馬はマットに沈んでしまった。彼の不自由な片足に限界をみたジムは天馬を見捨てる。ジムを追われた天馬は隼を訪ね、チャンピオンになりたい一心で隼に頼みこむが、隼は何度も断った。しかし、天馬の熱意に胸を開いたとき、隼の顔には笑顔がもどっていた。隼と天馬のトレーニングが始まった。男と男の闘いは続く。そして天馬に、遂にチャンスがやってくる。東日本新人王決定戦をひかえて、トレーニングにも熱がはいる。天馬は予戦を勝ち抜いた。しかし、天馬の試合がすすむにつれ、命さえおとしかねない彼の足の動きを見て、隼はもうやめさせようと心に決めた。しかし、天馬には不自由な足の事など眼中になかった。そして、世界タイトルマッチの前座試合として行われる新人王決定戦のリングに天馬は立った。騒然とした歓声、ラウンドは回を重ね、勝者は決った。レフェリーが高々と勝者の手をあげる。隼は涙を流しながらリングにあがり、天馬を抱きかかえるのだった。