東京のベッド・タウンである千葉郊外の団地に三好昭と妻の邦江、娘の昌子の三人家族は住んでいる。その付近には、まだ葦の繁みがあり、昌子は湿地の泥の中を蝶を追って捕虫網をふりまわしていた。一人っ子の昌子はおとなしく、無口な少女だ。昌子はすんでのところで珍しい蝶を取り逃がしてしまった。その晩、昌子は夢を見た。蝶がぐんぐん自分に迫り、目の中に飛び込んで来た。「こわいよ」と叫ぶ昌子。かけつけてきた昭は、ぞっとする何かを感じ、身震いするのだった。数日後、母の邦江は昌子の小さな異常に気づいた。食事中、昌子は食物をポロポロこぼし、トイレに立った後姿は鵞鳥のような歩き方をしている。風邪かなと邦江は心配した。しかし、その直後、昌子は絶叫をあげて倒れた。白い歯の間に小さな赤い舌がはさまってもがいていた。邦江は舌をはずそうとするが、昌子の顎はけいれんして動かない。昭はとっさに箸をくわえさせた。救急車で病院へ運ばれる途中も、昌子の発作は続いた。舌を噛まないように差し込んだ昭の指はくい破られ、血が吹きだしていた。大学病院で、昌子は医師団に裸にされ、何時間も調べられた。「テタナスだ!」と叫ぶ医師たち。テタナスとは、幾億年も昔、まだ人類などいない頃、地球に存在した微生物だ。酸素を嫌うこの微生物は、その後絶滅したかに思われたが、湿地の泥の中や鉄のサビの中など、酸素の少ない場所にじっとひそんでいたのだ。テタナスは、ほんの僅かな傷口から人間の体内に侵入し、二〇グラムで日本を絶滅させるという。そのテタナスが昌子の体の中に凄みついたのだ。テタナスに対抗するためには光と音を遮断することが絶対に必要であるという。昌子は暗い病室の中でビニールの酸素テントをかぶされ、ベッドの枠に手足を縛りつけられている。噛み合った歯はへし折れ、金属のエア・ウェイがくわえさせられている。担当女医の能勢は、テキパキと合理的な処置を下すが、近代医学はテタナスを打ち破ることが出来るのか。昌子はうめき声をあげ、体を弓なりに反らせる。これ以上反ったら、背骨が折れてしまう。昭、邦江、能勢の不眠の数日が続く。もうろうとする昭の頭に「昌子に噛まれた指の傷から、奴等が入り込んだのでは」という恐怖が生まれた。邦江も「わたし、うつっちゃった。死んでしまうんだわ」と妄想に取りつかれた。今、三人の親娘は完全にテタナスのとりことなっていた。平和な家庭は、一転して、底知れぬ地獄の中に投げこまれてしまったのだ。