京都平安神宮のみごとに咲いたしだれ桜の下で、佐田千重子は幼な友達の水木真一に突然「あたしは捨子どしたんえ」と言った。呉服問屋の一人娘として何不自由なく育ったが、自分は店の前のべんがら格子の下に捨てられていたのだと……。とはいっても親娘の愛は細やかだった。父の太吉郎は名人気質の人で、ひとり嵯峨にこもって下絵に凝っていた。西陣の織屋の息子秀男は秘かに千重子を慕っており、見事な帯を織り上げて太吉郎を驚かした。ある日千重子は、清滝川に沿って奥へ入った北山杉のある村を訪ねた。そして杉の丸太を磨いている女達の中に自分そっくりの顔を見い出した。夏が来た。祇園祭の谷山に賑う四条通を歩いていた千重子は北山杉の娘苗子に出会った。娘は「あんた姉さんや」と声をふるわせた。千重子と苗子は双子の姉妹だった。しかし父も母もすでにこの世にはいない、と告げると苗子は身分の違うことを思い雑踏に姿を消した。その苗子を見た秀男が千重子と間違えて、帯を織らせてくれと頼むのだった。一方自分の数奇な運命に沈む千重子は、四条大橋の上で真一に声をかけられ兄の竜助を紹介された。八月の末、千重子は苗子を訪ねた。にわか雨の中で抱きあった二人の身体の中に姉妹の実感がひしひしと迫ってきた。秋が訪れるころ、秀男は千重子に約束した帯を苗子のもとにとどけ、時代祭の日に再会した苗子に結婚を申し込むのだった。しかし、苗子は秀男が自分の中に千重子の面影を求めていることを知っていた。冬のある日、以前から千重子を愛していた竜助が太吉郎を訪ねて求婚し、翌日から経営の思わしくない店を手伝いはじめた。その夜、苗子が泊りに来た。二階に並べた床の中で千重子は言うのだった。「二人はどっちの幻でもあらしまへん、好きやったら結婚おしやす。私も結婚します」と。