「山びこ学校」は山形県村山郡山元村の中学校である。この寒村では、村人は生きるために必死になって働かねばならなかった。そのため無着先生のクラスの生徒は家の仕事を手伝って欠席する者が多かった。しかし無着先生はこの貧しい生徒たちを少しでも高めてやりたいと一生懸命だった。最後の修学旅行に級友の八人が行けなかったとき、生徒はみんな一緒に杉皮運びをしてその費用を作った。女教師磯部先生の組の一少女は、父が戦死して、母と祖母との三人暮しでどうしてもやって行けなくなり神奈川県へ身売りした。江一の母は心臓病が重くなったが医者にかかることが出来ず、「オヒカリサマ」というのを呼んで加治祈祷して貰ったが、死んでしまい、江一は学校をやめて働かねばならなくなった。しかし級友たちは共同で江一の家の煙草畑を手伝って、江一を卒業させてやることにした。みんなの綴方が集まってガリ版刷りの「きかんしゃ」を発行することになったとき、村人たちは自分たちの家の貧乏をさらけ出すといって嫌ったが、貧乏は恥ではない、どうしたら自分たちの貧乏をなくすことが出来るか、一緒に考えることが大切だといって、その第一号が新しく刷り上った。その頃村は冬の季節で雪がコンコンと降っていた。