東京からわずか十三里半の所に“気違い部落”がある。といっても気違いが住んでいるわけではない。貧乏な中で色と慾をむき出しにした農民生活が“気違い沙汰”にみえるので人々はこう呼んでいる。機屋の因業親爺良介、高利貸又一、この二人の親方を中心に十四世帯の集落は統一されている。親方の権力は絶対で、集落の掟は国の法律より優先することさえあった。ある日、頑固者の鉄次は、昔祖父が集落に寄付した神社の境内がまだ登記されていないのを知って、自分の土地だと縄張りをして耕しはじめた。親分連は鉄次の暴挙に腹を立てたが、彼は平気だった。良介一家は鉄次とのつきあいを断った。何んでも屋の三造夫婦も、酒好きの仁太、自転車屋の助夫、鉄次の伯父甚助までもこれに加わった。結局鉄次の家は村八分にされてしまった。これに一番困ったのは鉄次の娘お光だった。彼女は自家の敵良介の息子で東京へ出稼ぎに行っている次郎と恋仲であった。駐在さんの骨折りも一切無駄だった。お光は肺病になり、集落に帰って来た次郎に頼まれた駐在はストマイを安く買ってやった。お光は一時はよくなったが、冬を迎えてポックリ死んでしまった。鉄次が薬代のもとを取ろうとして、残りをヤミ売りしてしまったからだ。誰ひとり弔う者もない寂しい葬式の翌日、家出して東京に発つ次郎はいい働き口があると鉄次を誘った。次郎は「こんな村にいたって、百姓は雑木と同じだ。狭い土地に根を下し、木材と養分の取りっこをしたとて何になる、先祖のして来たことの繰返しでねえか」と、しかし鉄次は「ここを捨てたとて、日本中どこでもおなじだんべ」といったのである。