東京・新宿の居酒屋でアルバイト生活を送る哲夫のもとへ、ある日、父・昭男から電話がかかってきた。「母親の一周忌だから帰って来い」という昭男の言葉に重たげに受話器を置く哲夫。数日後、浅野家の法事が行われている岩手の田舎にアロハシャツにジーンズ姿で駆け込む哲夫は、親族が集まる中で居心地悪そうに席につく。その夜、久びさににぎわう浅野家では、東京でサラリーマン生活を送る長男・忠司夫婦が、昭男の今後の生活について心配していた。そして翌日、それぞれに自分たちの生活に帰っていく子供たち。そんな中でひとり居残る哲夫だったが、東京でのフラフラした生活を父にたしなめられ、お互いの心の溝を深めるばかりであった。東京に戻った哲夫は、仕事を変えて下町の鉄工場で働くことになる。肉体労働のきつい仕事に半ば諦めかけていた哲夫の前に、取引先の倉庫で働く征子という女性が現れ、それによって哲夫の仕事は意外に長続きするようになる。しかし、哲夫と征子の間柄はいっこうに進展を見せず、毎日会っても微笑むばかりの征子にもどかしさを感じた哲夫は、その想いを手紙に書いて征子に渡す。そんなある日、いつものように倉庫に出向いた哲夫は、そこで征子の先輩の女工から、彼女がろうあ者だと聞かされ衝撃を受けるのだった。そして夏が終わり冬になった。戦友会に出席する為に昭男は上京して、忠司が東京近郊に買ったばかりのマンションを訪れる。忠司夫妻は昭男に、「このマンションの奥の六畳間に父の部屋を用意したから、ここで一緒に暮らそう」と言う。そんな忠司の誘いをかたくなに断った昭男は、岩手への帰り際に哲夫のアパートを訪ねた。哲夫が落ち着いて仕事をしていると聞いて安心する昭男。そして哲夫は、「結婚したい女性がいる」と昭男に征子を紹介するのだった。前にも増して美しくなった征子を前にドギマギする昭男は、彼女と一所懸命言葉を交わし、手話やファクシミリでやりとりしているふたりを見ながら、不思議に身体の芯から暖まるような安らぎを感じるのだった。征子の帰ったアパートで哲夫は、昭男の歌を初めて聞く。それは美しい歌ではなかったが、父の真のうれしさがこもっていた。そして哲夫の結婚を心から喜ぶ昭男は、東京で買ったファクシミリを持って雪の降り積もる岩手の実家へと戻るのだった。