ある港町の商人宿「待帆荘」に泊まり合わせた人々、疎開先から焼野と化した昔の住み馴れた土地を慕って帰って行く一家。復員したものの帰るべき家もなく妻子の行方すらわからない人々、それらの人々をめぐって待帆丸の船長とその家族との間にくりひろげられる美しい物語。この宿の若い嫁早苗は良人を戦争で失いながらも常に明るくコツコツと働いて一家をきり回している。待帆丸の機関手である源さんは船長寛市の娘くに枝と相許す仲であるが、寛市が船を動かす為に油をヤミで買うのが気に食わない。復員の途次友人藤川に誘われて彼の郷里で同行中の吉田は故障を起こして二、三日動かない待帆丸を鮮やかな技術で修繕し寛市はその腕に惚れて船で働くことをすすめている。吉田も別に帰る家もなし、それに寛市の娘孝子に行為以上のものを感じ彼の心は動揺する。船の故障が直り明日はいよいよ待帆丸は出帆する。皆の顔は明るい。おまけに今宵は源さんとくに枝の結婚式が挙げられている。ところが二階に泊まっている一人の女の顔は晴れない。からだひとつを資本に南方を渡り歩いて帰って来た彼女を待っていたものは何であったろう。いよいよ船が出る。複雑な表情で別れを交わす旅立つ人々。吉田と孝子の意味深長な表情、意を決した吉田は荷物を投げ捨てロープを手に船に乗り込むのであった。再起の希望に溢れた彼の顔--。