恋愛結婚をした岡本初之輔と三千代の夫婦も、大阪天神の森のささやかな横町につつましいサラリーマンの生活に明け暮れしている間に、いつしか新婚の夢もあせ果て、わずかなことでいさかりを繰りかえすようにさえなった。そこへ姪の里子が家出して東京からやって来て、その華やいだ奔放な態度で家庭の空気を一そうにかきみだすのであった。三千代が同窓会で家をあけた日、初之輔と里子が家にいるにもかかわらず、階下の入口にあった新調の靴がぬすまれたり、二人がいたという二階には里子がねていたらしい毛布が敷かれていたりして、三千代の心にいまわしい想像をさえかき立てるのであった。そして里子が出入りの谷口のおばさんの息子芳太郎と遊びまわっていることを三千代はつい強く叱責したりもするのだった。家庭内のこうした重苦しい空気に堪えられず、三千代は里子を連れて東京へ立った。三千代は再び初之輔の許へは帰らぬつもりで、職業を探す気にもなっていたが、従兄の竹中一夫からそれとなく箱根へさそわれると、かえって初之輔の面影が強く思い出されたりするのだった。その一夫と里子が親しく交際をはじめたことを知ったとき、三千代は自分の身を置くところが初之輔の傍でしかないことを改めて悟った。その折も折、初之輔は三千代を迎えに東京へ出て来た。平凡だが心安らかな生活が天神の森で再びはじめられた。