この頃のオーソン・ウェルズの肥満はすごい。日本でも60年代70年代には太鼓腹の男性は多かった。
肥満の健康リスクが喧伝されるようになり、体重管理がエグゼクティブの必須項目となった。
現代でウェルズのような見事な肥満体は、オーディションしても集まらないだろう。そういった面では
ウェルズの脂肪はアーカイブ的値打ちさえある。
ウェルズはシェークスピアに傾倒することはなはだしく、「マクベス」「オセロ」と制作し、本作へ至った。
「ヘンリー四世」を軸にした歴史劇に、脇役であったフォルスタッフを主役に配した「ウィンザーの陽気な
女房たち」をミックスして、独特のシェイクスピア劇を創作した。
悲劇、喜劇と多作なシェイクスピアの多様性を、自らの肥満体で喜劇面を体現した。虚言癖は冒頭から
絶好調で、敵をバッタバッタと斬り倒した、などとあることないことを吹きまくる。
ヘンリー四世は貴族層のクーデターで、リチャード二世から政権を奪った。そういう暗さがあるので、
重厚なセリフとなる。ジョン・ギールグッドのいかにものシェイクスピア劇のセリフ、聴かせますね。
王子のハルは傍流の気楽さがあり、フォルスタッフと庶民的なつきあいをする。映画はハルとフォル
スタッフがメインなので、王子と騎士という関係が漫才のように描かれる。
軽さばかりではなく、ハルは強敵を倒し、後継者(ヘンリー五世)としての実力を示す。合戦のシーンも
人馬一体となった総力戦で迫力たっぷり。その中を、徒歩でヨタヨタと歩く巨体のフォルスタッフはコミ
カルで、他に類を見ない強烈な対比が印象的だ。
モノクロ-ムフィルムの選択はパンフォーカスに適しているのか、画面の構図は相変わらずシャープだ。
ストーリー的には、つまみ食いした散漫な印象を受けたが、ヴィジュアル面ではフォルスタッフの巨体の
体現で、四の五の言わせないアピールとなった。