青森県の北端、下北半島・恐山のふもとの寒村。父に早く死なれた少年は、母一人子一人で犬を飼って暮している。隣の家に嫁にきた女が少年の憧れの人である。隣は地主で、姑がすべてを支配しており、女の夫は押花蒐集狂の非力な中年男である。少年の唯一の愉しみは恐山の霊媒に逢いに行き、死んだ父を口寄せしてもらうことだった。ある日、村にサーカス団がやって来た。人気者の空気女と一寸法師の夫婦は、遠い町のことを色々と少年に話した。今の生活が嫌になっていた少年は、彼らの話に魅かれ、村を出たいと思うようになった。この話を隣の嫁に言うと、嫁は一緒に村を出よう、と言ってくれた。だが、祭りの夜、待ち合わせの納屋には嫁は来なかった。がっかりした少年は、野原に一人で寝てしまった……。ここまでが私の少年時代の自伝的な映画の前半である。二、三人のスタッフ、批評家と試写室で観ていた私は、「うまくまとまっている」とか「抒情的だね」などと、まわりに言われる。フィルムは再び、荒涼とした北国の風景を写し出す。母親が途方にくれて少年を捜している……。その時、試写室のドアが開き、少年(二十年前の私)が入って来て、この映画は過去を美化した作り物だ、と言って真実を語り始める。空気女は男好きで、一寸法師はいつも嫉妬に狂っていた。母は犬憑きで、地蔵講の老婆たちに犬落しをしてもらい飼犬を殺す。駈け落ちの夜、少年は、隣の嫁と嵐という男の交わりを見た。そして少年は「はじめから相手にしていなかった」と冷たく嫁に言われる。母一人子一人の生活に戻った少年は、相変らず家出を夢見ている。ある日、麦畑でばったりと現在の私と出会う。二十年をはさんだ少年と私とは母について、死について、相談して母を捨てようとする。私が準備して待っていると、少年は途中で東京帰りの出戻りの女に、なかば犯されるようにして童貞を失う。少年は東京へ行きたい、と思い、雑踏の中で途方にくれている隣の嫁のことが思いうかび、矢も楯もたまらなく汽車に飛び乗る。現在の私だけが田園に取り残され、少年の帰りを待っている。やがて、冬が来て雪が降り始める。隣の嫁はどこにいるのだろうか。東京へ出ていった少年からは、今日になってもまだ便りがなく、私と二十年前の母とは、向きあって飯を食いながら、風の音を聞いているのである……。