〔第一話「冷飯」〕下級武士の四男坊に生れた柴山大四郎は上役に取りいって出世を夢みる同僚たちと違って、冷飯に甘んじて古書集めに狂奔する明朗な若侍であった。そんな大四郎にも美しい初恋が芽生えた。ある日ふとすれちがった清楚な武家娘深見ぬいに一目惚れしたのだ。母の心配をよそに、二人の気持は日毎に高まっていった。折も折、大四郎の集めた古書が主君の目にとまり、冷飯の四男坊は頼ってもない出世の糸口をつかんだ。そして、素直な大四郎を見込んだ中老は、柴山家に娘婿にと話しをもちこんだ。この話に大喜びの母や兄の気持をよそに大四郎は、好きなぬいを嫁にと決心をしていた。晴ればれとした大四郎、ぬいの新婚家庭を祝福するかのように夕焼が美しかった。 〔第二話「おさん」〕大工の参太はあまりにも感覚的な女房おさんの異常なセックスから逃れるため江戸を離れて上方に出た。だが参太は、おさんを忘れることができず、いつしか江戸への道を辿っていた。途中参太は箱根の宿で、女中をしているおふさという奇妙な女に会い、おふさと一緒に旅をすることになった。おふさと寝ている時も、参太の脳裏をかすめるのはおさんの姿態だった。江戸に入ると参太はおさんの行方を探して歩いたが、参太が江戸を去ったあとのおさんは、男から男を渡り歩いて、ならず者の手にかかり殺されていだ。おさんの眠る無縁墓の前で、参太は一人おさんに語りかけていた。参太とおふさが去った墓に静かに雨がふり注いでいた。 〔第三話「ちゃん」〕五桐火鉢を作らせてはならぶ者のいない名人重吉は、名人気質に固執するあまり時代の流れに取り残され、深酒をあおっては、気をまぎらわせていたが、女房お直と四人の子供をかかえ、貧乏のどん底にあった。だが、無気力な日を送る重吉を、暖かく迎える家族、幼な馴染みの呑み屋の女将お蝶にかこまれ、重吉は幸福であった。ある晩、重吉が連れて来た喜助が、コソ泥であったことから、重吉はいたたまれず家出を決意した。だが「ちゃんが出るなら、皆一緒に出ようという」女房や子供の言葉に、重吉は心機一転火鉢作りに精を出した。火鉢をおさめた婦り、酔っぱらった重吉の姿を、寒月がてらしていた。