信州、一万三千石、海野式部少輔正信の藩中に、冷笑蔑視の中で育った無足の若者斑平がいた。……斑平の母キンは、藩主正信の母まきの方の侍女だったが、まきの方は狂死し、最後まで忠誠に仕えたキンは、まきの方の遺言で中老として遇されるようになり、まきの方御寵愛の牝犬を与えられた。そして三年後、キンは男子禁制の奥向きにもかかわらず、男の子を生み悶絶して息絶え、牝犬も後をおうようにして餓死したのだ。人々は口々に人獣交婚を囁き、殉死した犬が斑であったため、その子は斑平と名付けられたのだ。……それから二十数年の歳月が流れ、斑平は花造りに特異の才能を発揮して登城が許され、仕官後も韋駄天の速足が買われて、無足組頭にあげられ、馬乗下役につけられ、その異才は隣藩にまでひびきわたった。その頃、藩主式部少輔正信の行動に奇行が目立ち、城代影村主膳、小姓頭神部菊馬は、この事実が、幕閣に知れることを怖れた。一方の斑平は、彼に思慕の情をよせるお咲とともに、心は孤独ながら平安の日々を送っていた。ところがある日、斑平は見知らぬ初老の浪人の鬼気迫る居合術を目撃した。それからというもの剣に魅せられた斑平はこの浪人に学び、やがて浪人から太刀を授った。そしてある日斑平は神部菊馬から公儀隠密暗殺を命じられた。無我夢中で斑平は斬った。恩師である、あの浪人醍醐弥一郎をも斬った。弥一郎は幕府の隠密だったのだ。そのころ藩主正信の行状は日増に悪化し、藩論は正信を守る保守派と新藩主を迎えようとする革新派の二つに割れ、若侍たちは幕府評定所へ実情を訴えるため次次と脱走した。怒った神部は、斑平に、彼等の暗殺を命じた。運命のおもむくまま斑平は、指令どおり十一人の若侍を斬った。が、正信は変死し海野藩は新藩主を迎えた。と共に斑平は謹慎を命じられ、十一人の遺族は斑平に仇討を仕掛けた。斑平の持つ妖剣はうなり、急を聞いてかけつけたお咲の前に紅に染まった三十人の若侍の屍があった。