妙子が佐竹茂吉と結婚してからもう七、八年になる。信州の田舎出身の茂吉と上流階級の洗練された雰囲気で育った妙子は、初めから生活態度や趣味の点でぴったりしないまま今日に至り、そうした生活の所在なさがそろそろ耐えられなくなっていた。妙子は学校時代の友達、雨宮アヤや黒田高子、長兄の娘節子などと、茂吉に内緒で修善寺などへ出かけて遊ぶことで、何となく鬱憤を晴らしていた。茂吉はそんな妻の遊びにも一向に無関心な顔をして、相変わらず妙子の嫌いな「朝日」を吸い、三等車に乗り、ご飯にお汁をかけて食べるような習慣を改めようとはしなかった。たまたま節子が見合いの席から逃げ出したことを妙子が叱った時、無理に結婚させても自分たちのような夫婦がもう一組できるだけだ、と言った茂吉の言葉が、大いに妙子の心を傷つけた。それ以来妙子は口も利かず、茂吉が何か言いたげな態度を見せてもとりつく島もない。そのあげく妙子は茂吉に無断で神戸の同窓生の所へ遊びに行ってしまった。その留守に茂吉は、妙子に言いだせずにいた海外出張が飛行機の都合で急に決まり、電報を打っても妙子が帰ってこないまま、知人に送られて発ってしまった。その後で妙子は家に帰ってきたが、茂吉のいない家が彼女には初めて虚しく思われた。しかしその夜更け、思いがけなく茂吉が帰ってきた。飛行機が故障で途中から引き返し、出発が翌朝に延びたというのであった。お茶漬が食べたいと言う茂吉のために、二人で夜更けた台所に立って準備をし、体裁もなくお茶漬を食べた。夫婦とはお茶漬なのだという茂吉の言葉に、妙子は初めて夫婦というものの味をかみしめるのだった。