戦時中の昭和十八年、農林省のタイピストとして仏印へ渡った幸田ゆき子は、そこで農林省技師の富岡と出会った。富岡には妻がいることを承知の上で二人は愛し合う。やがて終戦となり、妻と別れて君を待っている、と約束して富岡は先に帰国した。おくれて引揚げたゆき子が富岡を訪ねると、彼は妻と別れていないばかりか、その態度は煮え切らなかった。途方にくれたゆき子は或る外国人の囲い者となったが、そこへ富岡が訪ねて来ると、ゆき子の心はまた富岡へ戻って行った。終戦後の混乱の中で、富岡の始めた仕事は巧くゆかなかった。そんな中、外国人と手を切ったゆき子を連れて出かけた伊香保温泉で、「ボルネオ」という飲み屋の主人清吉と懇意になる。ところが富岡はそこで清吉の女房おせいの若い野性的な魅力に惹かれてしまう。ゆき子は直感でそれを悟り、帰京後二人の間は気まずいものになってしまった。その後、妊娠が発覚したゆき子は富岡の引越先を訪ねたが、彼はおせいと同棲していた。失望したゆき子は以前、無理やり肉体関係を迫られた伊庭杉夫に頼らざるをえず、金を借りて中絶手術を行った。入院先でゆき子は、嫉妬に狂った清吉が富岡の家を探しあて、おせいを絞殺したことを知る。退院後彼女は再び伊庭の囲い者となったが、或日落ちぶれた姿の富岡が現れ、妻邦子が病死したと告げるのを聞くとまたこの男から離れられない自分を感じるのだった。数週後、屋久島の新任地へ行く富岡に、体調が思わしくないまま同行したゆき子だったが、病状は悪化の一途を辿り、孤島の堀立小屋の官舎に着いた時には、起き上がることさえできなくなっていた。富岡の帰りを待たず、ゆき子が血を吐いて死んだのは、沛然と雨の降る日であった。富岡はゆき子に死化粧を施すと、初めて声を上げて泣くのであった。