1879年、良家の長男として生まれ育った荷風(津川雅彦)は父の意向に反し、早くから文学の道を志した。荷風文学の真髄は女性を描くことで、特に社会の底辺に生きる女性達に目が向けられた。そのため紅燈に親しむことも多く、荷風は文人たちから遊蕩児とみなされた。文壇という特殊世界に入って文士と交わることを嫌い、究極において紳士である荷風は、常に女性から手痛い被害を被る。それは女性に真の愛を求める荷風の人生への探究でもあった。やがて玉ノ井のお雪(墨田ユキ)と出会った荷風は、社会底辺の世界に生きながらも清らかな心をもった彼女に、運命的なものを感じる。しかし、57歳の荷風にとって、年のひらきのあるお雪と結婚するには、互いの境遇が違い過ぎた。それでもお雪の純情さに惹かれた荷風は、彼女と結婚の約束をする。だが、昭和20年3月10日。東京大空襲の戦火に巻き込まれて、2人は別れ別れになってしまう。戦後、昭和27年のある日、お雪は新聞で荷風が文化勲章受章者の中にいるのを見て驚くが、あの人がまさかこんな偉い人ではないだろうと、人違いだときめてしまう。そして2人は二度と出会うことはなかった。それでも孤独の中に信ずる道を歩き続けた荷風は、昭和34年4月30日、市川在の茅屋で誰に看取られることなく80歳の生涯を終えるのだった。