一葉の生涯を辿る伝記映画かと思いきや、代表作「十三夜」「たけくらべ」「大つごもり」の作中人物と作者一葉自身が絡む大胆な脚本におどろかされた。
「十三夜」のおせき(宮野照子)は一葉とともに萩の舎に通う中島歌子(英百合子)門下という設定で、一葉はおせきの幼なじみ録之助(佐山亮)とも顔馴染みで両人の文通をとりもったりする。
「たけくらべ」の美登利(高峰秀子)は一葉が下谷龍泉寺町で口に糊する荒物屋の近所に住む少女、「大つごもり」の放蕩者の若旦那・石之助(北澤彪)は仕入先である問屋の後継者で一葉作品の愛読者、若旦那の店に下女としてお菊(椿澄枝)を世話するのも一葉。
陋巷で貧苦にあえぐ一葉のもとを『文学界』同人の馬場孤蝶(大川平八郎)・戸川秋骨(河村弘二)が訪ね、文学芸術の道に生きよ、と口々に慫慂するのだが、芸術の理想を能天気に語る男たちの空虚さと、明日食べる米も無いのに借金を重ねてまで客人である彼らをもてなす樋口家の見栄と矜持、それを背負わされる一葉がどうにもならず生活に追い詰められてゆく描写は見事で、一葉役の山田五十鈴は貫禄十分すぎるのだが、意外にも一葉の享年とほとんど変わらない25歳の頃の演技と知ってさらにおどろいた。
「たけくらべ」パートで横町組の領袖・長吉を演ずるは、東宝特撮作品に爪痕をのこす怪優・大村千吉の弱冠17歳ごろの姿。15歳の瑞々しい高峰秀子の向こうを張る役どころで活躍していて、これはうれしい。
作品には一切関係ないが、売れっ子作家となった一葉に岡惚れする田舎の小学校教師として歴史に名が残ってしまった樋口勘次郎は自分と全くの同郷で、その恋文の気持ち悪さといい、全く他人の気がしない。
出演者のデータは京都文化博物館発行のパンフレットを参照しました。