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映画芸術を豊かにし、その可能性を広げる作品ではないが、明瞭単純な展開の感動物語。脚本・演技・演出に嫌みはない。絶滅寸前の渡り鳥を救出という正義的な目的と父親を乗り越えるという成長物語。息子トマ役のルイ・バスケスの好感度が高い。ダメな父親には、妻と事務員と記者と三人の女性がおり、いつも彼女たちが救出する。野鳥がケージから自然へと放たれる引き換えに、父親は拘留という檻に入る。鳥たちが故郷ノルウェーに戻るように、「少年」へ戻った自分を見つけた。
17歳フランツと老齢フロイトの友情は、社会的な役割や職種、年齢を超えた関係。フロイトは知の巨人でありながら少年を導き、対等に語り合い、ときには忠告にも従う。戦争の足音が忍び寄ってはくるが、青年の社会への参加や反抗、恋愛や友情、決別はどの時代にでも起こることだ。ゼーターラーは大文字の国家の大袈裟な歴史としてではなく、等身大の誰にでも降りかかる戦争をも描いた。遺作であるガンツのフロイト像は、知識人でありながら迷い続ける人間味溢れる解釈だった。
ラヴクラフト原作。製作会社も監督も強い個人的な想いが充塡されたプロジェクトであることが窺え、まずは完成を祝福したい。ここまで想いが強いともはや批評なぞ介在する余地はないのだが、敢えて私見を述べれば、どのシーンもこだわりが目立ち過ぎて、全体像や骨格が見えてこない。ホラー、サスペンス、SFでもいかなるジャンルにおいても、その形式を超えた背後にあるメッセージや同時代性などがあるはずだ。しかしそれらが皆無。その底なし沼感がラヴクラフト的なのか。
ハチャトゥリアンの名曲〈剣の舞〉が生み出された10日間の物語。あまりにも実直な作品ゆえ敬遠されるやも知れないが、誇るべく自国の大芸術家の臆面ない描写に好感。近代国家の成立が世界中で起きた20世紀は、多くの小国や民族が吸収合併された。アルメニアもまた虐殺と故郷喪失の歴史を持つ。小学生時〈剣の舞〉がを初めて聴いたとき、サックスの違和感を今でも憶えている。単に洗練された脚本や演出を求めるのではなく、息を飲むジョージアの光や風景に感嘆せざるを得ない。
ハリウッド製「グース」(96年)と同題材のフランス+ノルウェー合作。夏休みにひきこもりの子供をスマホやゲーム機から引き離したい親の願いに寄せた家族アドベンチャー映画だ。主人公少年の冒険と成長は私でもウルウルする愛撫上手な演出だが、はたしてこの悠長な映像テンポでゲーム慣れした10代観客に魅力が届くか。また離婚した両親もスマホを手放せない依存性や、息子の成長を目にし夫婦のヨリが戻る様子は気持ち悪くもあり、オッサン目には商業主義的欺瞞を感じてしまう。
お行儀よい美少年ファンタジーは中年男の私に難癖を多くさせる。たとえば開戦前の話なのに戦後史観にもとづき一面的にナチスを悪とする脚本は安直ではないか。ナチス・ドイツのオーストリア併合は当初は墺国民の支持もあり、まして主人公のような若く貧しい地方出身者は出自の似たヒトラーに憧れておかしくない。また何度も性夢を描きながら朝に夢精したパンツを洗う場面がないのは大きな欠落でフロイト登場の意味が褪せる。17歳男子の青春はもっと無知で野蛮でなくては絵空事だ。
模倣と陳腐と悪趣味をたっぷり盛り込んだB級SFの模範作。「D.N.A.」の監督を3日でクビにされたリチャード・スタンリーを復活させた点でもジャンル映画好きは観る価値あり。宣伝文は「物体X」に例えているが、「未知との遭遇」「ポルターガイスト」そして「2001年宇宙の旅」などの邪悪な引用も目につく。それ以上にニコラス・ケイジの意味不明的なヒステリー演技が映画のムードを強く支配し、ラヴクラフト原作の映画っていつもこういう脱力要素があるなと苦笑。
冒頭にアルメニアとロシアの文化省マークが出る国策めいた作品で、80年代デビューのベテラン監督によるスローで禁欲的な演出は懐かしきソ連映画の感触。日本ではあまり知られていない20世紀初頭のオスマントルコによるアルメニア人虐殺への言及は意義を感じるも、ハチャトゥリアンの人となりや作曲の動機と結びついていない。〈剣の舞〉は記譜の場面すらない尻切れトンボな結末。撮影中アルメニアで親ロシア派大統領が失脚、親米派大統領が誕生する政変があった影響なのか?
人間関係の描写は取りこぼしなく、小慣れた手つきで生き生きと描かれていて文句はない。ただ、実話に基づく話なのでどうしようもないのだが、少年が渡り鳥と冒険をする出来事と結末は、当たり障りがなさすぎて面白みを感じない。当事者にとって大事件とはいえ、映画として観るにはもう少し旅の細部の演出に、遊びがあっても良いのでは。個人的には旅を巡る映画で、これまでに作られたいびつで魅惑的な作品群を前にして、ちょっといい話の本作をチョイスしないだろう。
夢想的なシーンの独特さ、なまめかしさが秀でていて心惹かれるゆえ、逆に通常のドラマパートが平凡に見えるバランスの悪さがある。フロイトの導きもどうってことのない青春期の過ごし方なので、心理学の面で期待すると肩透かし。ナチスによる軍靴の響きが聞こえるウィーンの鬱屈やきな臭い描写は、反戦映画であるのを強烈に打ち立てているが、ウィーンとナチの関係を描いた作品として突出しているわけではない。青春と戦争がうまく嚙み合わず別問題として展開してしまう。
制作陣が「マンディ 地獄のロード・ウォリアー」に続き、自分たちのやりたいテイストと合致する作風の監督を見出してくる能力が高い。過度な色合いと音響で精神をさいなむ方向性は面白いけれども、パンチの効いたアイディアも実際に撮影してみると、意外に間延びしてしまい鈍重になる。ラヴクラフトは映画の作り手から支持は高いが、現代に見合っているのだろうか。前衛的な攻めた作りのわりに、テーマと結論がアップデートされていなくて、より古めかしさを感じた。
学校の授業で見せられる伝記映画のような硬さがあり、さらに大事な要件をほのめかしつつ核心は描かないアート風な演出によって、本筋がわかりにくく当惑させられた。ファシズムへの憎悪や、短時間で制作された名曲の逸話も断片を覗いているようで、俯瞰的な視線がない。カメラワークも平凡で、結局見終わって印象に残るのはいかにも悪役的なキャラのみ。こうしてみると、作家性に溢れた「恋人たちの曲 悲愴」を撮り上げたケン・ラッセルがいかに凄まじいかを改めて感じる。