千穂の母萩代は、千穂と祖母の宇多を残し高倉家の後添いに入り一年後、千穂も引取った。千穂の新しい父高倉には一人息子明吉があった。十年近い歳月が流れ千穂は高校生になった。学校で級友の聖子から、兄竜吉を紹介すると誘われた。聖子の父は病院を営み、竜吉も医者の卵。聖子は兄を盛んに賞めるが、千穂は無関心。誘いを断るが、翌朝、急に指が痛み出し止むなく深瀬病院へ駈込んだ。あいにく竜吉しかいなく、その治療を受けたのがきっかけで、千穂は竜吉の清純な心を知り、彼の愛情を素直に受入れるようになった。夏休みが終り、二人の結婚は母の萩代にも黙認され、やがてささやかな新居を構えることが出来た。と、ある日、竜吉の勤め先の県立病院に盈子が現れた。彼女は竜吉の妻で、子供までありながら竜吉は勝手に盈子を置いて逃出し離婚手続をしていたのだった。狼狽した竜吉は、足取りも重く帰宅し千穂に顛末を告白する。怒り立った千穂は高倉家に戻ってしまった。ある雨の夜、竜吉が迎えに来た。「東京へ行こう」と言う竜吉に「行くわ!何処へでも」と千穂は涙と共に竜吉の頬を打つのだった。「盈子さんに会って行きなさい」という萩代の言葉を後に二人は出発した。盈子の町の駅を通ったとき千穂は立上った。「奥さんに会うんです」と次の駅で千穂は飛降り竜吉も後を追って盈子の家に来た。千穂は盈子の手をとって「別れちゃだめ!貴女の為に!子供の為に!わたしのようになる、わたしの母のように!」と叫ぶや表へ駈出して行った。涙も涸れ、足も疲れ、素足の千穂は放心したように、朝日輝く海辺を彷っていた。「お母さん、お母さん……」とつぶやきながら。