--東京近郊の、厚木附近の農村。東洋新聞の厚木通信部の記者・大川は農家の実態を記事にするため、八重の家を訪ねた。ハ重は夫を戦争で失い、姑のヒデをかかえ、一人息子の正を育てながら農事に精出してきた。彼女は女学校を出てい、たまたま大川と一緒に入った町の食堂「千登世」の女主人は、そのときの同級生の千枝だった。八重の兄・和助は同じ村に住んでいるが、親子九人の大世帯である。昔は十町歩からの大地主だったが、農地改革でわずか一町八反しか残らなかった。今の嫁は三人目であった。長男の初治の嫁探しを八重は頼まれていた。大川の持ってきた話を調べに二人は山奥の村へ行った。その娘みち子の義理の母は、和助の最初の妻・とよだった。農事がうまく出来ぬと、和助の父がむりやり追い出したのだ。八重と大川は、その夜帰りのバスに乗りそびれ、結ばれたのである。大川には妻子があったが。和助は三男の順三を分家の大次郎の娘・浜子の婿にするつもりだった。分家は働き者で家族も少く、貯金もありそうだったし、なによりも、一町歩ほどの土地があった。浜子が大学へ進むと聞き、彼は怒鳴りこんだのである。大学出の娘に婿は来ぬ。土地を返せ。浜子は町の洋裁学校に通い始め、和助の次男・信次と段々親しくなる。信次は商業学校を出、町の銀行に勤めていた。農家暮しを嫌って、和助の反対をおして町で下宿生活を始めたのだ。和助は初治たちの婚礼を、借金してでも昔どおりに盛大にやろうとした。初治はみち子と相談し、和助には内証で千登世の裏二階に一室を借り、世帯を持った。田の貸スキの仕事で稼ぎ、家の田にもそこから通うつもりだ。この“なしくずし結婚”を、和助も認めざるを得ない。八重の手引きで彼はその二階で、とよと三十年ぶりに会った。婿と嫁の親同士としてである。二人はしみじみ話した。自分たちの辛かった新婚当時と比べて、今の若い者は思い切ったことをやると。時代の違いですわねえ。とよは山林を売った金で若い人へ家を買ってやるといった。和助は宅地を提供する気になった。初治は前々から順三が東京で自動車の修理工になるについて、その費用を田を売って工面することを頼んでいた。土地を命より大事に思う和助が承知するわけはなかった。しかし、浜子が信次の子を妊娠し、彼の目論見は狂ってきた。親の言いなりだった自分と違って、若い者は親に事後承諾を求めるだけだ。 --和助は順次の東京行きのために田圃を手離した。初治の家も建ち始めた。式も公民館で挙げることになり、そのときは信次たちの式も一緒だ。浜子はさっさと子をおろし、大学へ通うつもりらしい。--八重は大川を愛し続けてきたが、彼は東京へ転勤することになった。大川を乗せた電車が東京を目指すころ、相模平野の片すみの田圃で八重は歯をくいしばって除草機を押していた。緑一色の田が拡がり、そして--その高い空に、初夏には珍しい鰯雲。