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辞書づくりの深淵をのぞきこむことができるのが、本作の最も興味深いところ。英単語には複数の源流があることは知っていたが、まさかこれほど複雑だとは。そして、以降の英語辞典づくりの基礎となる辞典の完成までにかけた歳月と信念は、完成までに15年をかけるという「舟を編む」が霞んでしまうくらいに凄まじいものだったと知る。ショーン・ペン演じる実在の殺人犯の葛藤については、罪状が重すぎて共感を阻害する部分があるものの、安易に良い人に描かなかったのは誠実だ。
物議を醸した自作の短篇映画を基に、さらに倫理観を揺るがす物語を今回くわえているように、映画が話題となる術を知っている頭のいい監督といえる。また、描かれる事件や切迫した演技に対して、わざと落ち着いてスマートな印象を保つ演出は、むしろリアルで効果的だ。その一方で、「ベニスに死す」のタジオを連想させる登場人物を持ち出し、母子の愛情とも恋愛ともつかぬ曖昧な関係を描くことに妥当性があったのかは疑問に思う。この親子の性別が逆転すれば、成り立たない話だろう。
立教大学にて万田邦敏監督の薫陶を受けたというのがうなずける作風の、20代の中国人監督作品。男女3人の複雑な関係を描くシナリオは、ヌーヴェル・ヴァーグ的かつイ・チャンドン監督「バーニング」を想起させる文学性を持っているし、現在の東京の風俗と中国人旅行者の実態が織り込まれる趣向も面白い。おそらくはスタッフの弱さや資金面から、多くのシーンで映像の質に不満が残るのは否めないが、監督の現代的な感覚があちこちで光っていて、次作以降も観たいと思わせてくれる。
カートゥーン・サルーンの、ケルト3部作完結篇にあたる。他の作品同様、シンプルなシナリオで伝説を描いているので、やや単調な印象を持ったし、今回はとくに分かりやすい悪役の登場によって勧善懲悪の価値観に収斂し過ぎてしまっている。多様性など現代的な問題がテーマとなっているが、同スタジオの「ブレッドウィナー」の方により切実さを感じた。とはいえ3DCG全盛の時代に、平面的な絵のレイヤーを幾重にも重ねることで新しい映像世界を作り上げているところは素晴らしい。
辞典編纂というアカデミックな題材とは、およそかけ離れた殺人事件、それも人違いによるものというエピソードで始まったこの映画、想像していたドラマを遙かに超える壮絶さでスリリングに展開する。編纂現場の博士側の言葉への向き合い方はもちろんだが、刑事犯精神病院に拘禁されている狂人側の話がとりわけスリリングに描けている。彼を中心に、その病状の悪化、博士との信頼から友情に発展する関係、夫を殺されて未亡人となった女性との愛憎。このうえなく濃い展開にただ圧倒される。
可愛い盛りの息子が旅行先で行方不明になったまま10年。この容赦ない状況におかれた母親の心情は想像するだに辛い。監督のロドリゴ・ソロゴイェンは、母親に息子の面影がただよう少年との出会いを用意しているが、それは母性愛を癒すためか、あるいは年上の女性の少年愛か。はたまた全く別の何かがあるのか。いずれにせよその正体は分からずじまい。監督の「目的をもって撮ったわけではない」というコメントを何かで読んだが、見終わって残るもやもや感はここに起因している。惜しい。
空気感。正直に白状すると、この言葉は自分の語彙のなさを誤魔化しているような後ろめたさを感じるのでなるべく使わないようにしていた。が、この作品では、真剣になってしまう男と真剣になれない女、二人の間でどっちつかずの男の、異国で暮らす三人の漂うような空気感がリアリティを生み出している。なんといっても三人の描写の素晴らしさが決め手。彼らの間に揺れ動く感情、その痛みともどかしさの静かな捉え方は、観る者をすっと引き込む。呉沁遥監督、順調なデビューです。
アニメを見るときテーマやストーリーに引けを取らないくらいに、CGIなどを含めた技術に関心がいき、高度な先端技術を駆使していればいるほど完成度が高いといつの間にか感じていた自分の錯覚を、この映画は気づかせる。色彩の美しさに細やかな描線が、人の呼吸に合う動きをしている。画面の中で美しい映像が躍動するファンタジー&アドベンチャーは、もちろん美しいだけに終わらない。特に後半、人の絆や自然と人間の関係など、いま大切にしたいことを優しい画面が語りかけてくる。
別スレッドで進行してゆく顔半分ヒゲもじゃでメル・ギブソンに見えない言語博士と顔半分ヒゲもじゃでショーン・ペンに見えない殺人犯の物語は中盤まで交わっていかないのだが、コレどっちも博士で狂人じゃん、と気づく頃にはもうすっかり作品世界に魅せられており、構成的にはやや詰め込みすぎの感があり、狂人(医者の方)が遺族女性と魅かれあってゆく展開に唐突さを感じるも、人間の心とは案外そんなものかもしれないし、辞書編纂の苦難も見ごたえ充分で、素晴らしく面白かった。
感情の揺れと人物の動線を極限点まで計算した長回しにより初期設定を一気にセットアップしてしまう超絶技巧を冒頭から見せつけ、その後も緩むことなく紡がれてゆく痛々しい喪失の物語はいつしか女性と母性がもつれ合った地獄のような悲恋物語に姿を変え、それが幸せに見えるほどに結末の悲しみが増してゆくと分かっていながらも彼女が笑うことを祈ってしまうのは自分ばかりではなく、残酷なる創造主の眼差しにもかくなる優しさの片鱗が見え隠れしていることにわずかの救いを感じた。
東京で民泊経営兼コーディネーターを営む中国人の主人公の佇まいには名状しがたい魅力があり、ルーズな画とぬるい雰囲気はホン・サンスなんかに近いのかな、などとのんびり観ていたのだが、突如思いもよらぬ方向に急ハンドルを切る展開に乗り物酔いのような状態にさせられたうえ、ボーイズラブというジャンルに目配せしながら行きつく、三角関係を文字通りの形のまま落とし込んだ夜の海辺のラブシーンにも困惑させられる、ハマると癖になりそうな何とも不思議な味わいの映画だった。
時にパースが歪むデフォルメされた絵柄は可愛らしさと不気味さが同居を果たし、動きが滅法リアルな鷹、カマボコみたいな愛くるしい羊、本作の主人公である狼と、動物がみな素晴らしく、物語もファンタジックな展開の中に親子愛や人間の傲慢さへの警鐘、勢いあるアクション等が美しく配置されており、アートと娯楽の両方面から完成度の高いアニメーションであることは間違いないが、野暮を承知で書くと人間VS狼の対立構造において映画が狼サイドに肩入れしすぎなのではないかとも。