東京都と千葉県の境を流れる江戸川の河口に、貝と海苔と釣場で有名な浦粕集落がある。ある日、「先生」と呼ばれる三文文士がやってきたが、プリプリ張り切った若い女の肢態に眼をうばわれ、当分の居を増さんの家の二階にきめた。楽しい刺戟の中でケッサクをものそうというわけだ。先生は見知らぬ老人から、青べか舟を売りつけられた。ところで先生の観察によれば、ここは他人の女房と寝るぐらいのことは珍しくなく、動物的本能が公然と罷り通っている大変なところである。町にはごったく屋という小料理屋が多い。その中の一軒、「澄川」に威勢のいいおせい、おきん、おかつの三人が働いている。先生の眼を惹いたのはおせいであった。「澄川」の真ン前にみその洋品雑貨店があり、ドラ息子の花嫁は里帰りしたまま戻ってこない。べか舟を先生に売りつけた芳爺、消防署長わに久、天ぷら屋の勘六夫婦などが五郎は不能らしいと、噂をふりまいた。だが、孤独な生活を楽しんでいる老人もいる。廃船になった蒸気船に寝泊りしている老船長がそれだ。彼は若き日のロマンスを想いうかべることによってのみ生き甲斐を感じているかのようである。飲み屋の連中のさわぎ、バクチ場で血相変えてわめく連中、さまざまな人間模様に興味を感じながらも、煩わしさを避けて先生は青べか舟で釣りに出かける。そんな先生に思いがけない事件が起きた。ごったく屋のおせいが、先生に惚れたのである。せつない気持でいい寄られた先生は眼を白黒。失恋のおせいは、腹いせに偽装心中を図った。とんでもない騒ぎに巻き込まれた先生は、ほうほうの態で浦粕集落を逃げ出した。そのころ、五郎に新しい花嫁がきた。今度は不能だなどと陰口も叩かれず、幸福な生活に入れるらしい。