【“アンユージュアル”な個性が生んだ“ゴールデンボーイ”】アメリカ、ニューヨークの生まれ。シンガー夫妻の養子となり、養父母とともにニュージャージー州のユダヤ人コミュニティで暮らす。高校卒業後、ニューヨークのスクール・オブ・ビジュアル・アーツで映画作りを学び、のちにロサンゼルスの南カリフォルニア大学映画芸術学科に移籍。大学卒業後に友人たちを役者やスタッフに起用して短編「Lion.sDen」(88)を監督する。これがきっかけで低予算の作品を作るチャンスが訪れ、長編第1作の「パブリック・アクセス」(93)を完成させる。この作品がサンダンス・フィルム・フェスティバルでグランプリを受賞。続く「ユージュアル・サスペクツ」(95)がアカデミー助演男優賞(ケヴィン・スペイシー)、オリジナル脚本賞(クリストファー・マッカリー)ほか数多くの賞を受け、また興行的にも大成功を収めたことから第一線に躍り出た。続くスティーヴン・キングの中編小説の映画化「ゴールデンボーイ」(98)も興行的に成功する。次いで、「X―メン」の企画を、自らストーリーを書き下ろすことを条件に監督を引き受けた。2000年に公開されたこの作品は2本の続編(2作目もシンガーが監督)と1本のスピンオフを生む大成功を収めている。幼い頃から「スーパーマン」のファンだったシンガーは、「X-メン」3作目の監督を蹴って「スーパーマン・リターンズ」(06)を手がけ、08年にはトム・クルーズを主演に迎えた「ワルキューレ」をヒットさせた。【強烈な疎外感から生まれるパワー】映画学校、自主製作の短編、日本の助成団体出資による第1作、インディペンデント作品と、着実にキャリアを積み上げてメジャーにたどりつき、王道的な出世を果たした映画作家。 孤児である主人公に共感して「スーパーマン・リターンズ」を手がけ、ゲイであることをカミングアウトしているシンガーの作品に登場する人物には、強烈な疎外感を持っている者が多い。「ゴールデンボーイ」に登場する元ナチス高官の老人(イアン・マッケラン)と少年は、周囲からの孤立と疎外感とで強く結びつく。「X-メン」の主人公たちは“ミュータント(突然変異)”と呼ばれ、人類から迫害され、恐れられて生きねばならない存在である。「X-メン」中に“ミュータント”の息子に、「お前、それ治らないのかい?」と母親が問いかける場面があるが、これは同性愛的嗜好を治療すべき“病気”であると捉える伝統的差別の考え方を象徴するセリフである。人類に対して反旗を翻すミュータント集団のボスがナチスのホロコーストの被害者で、この人物をシンガー同様ゲイであることを公にしているイアン・マッケランが演じていることも興味深い。孤児、ユダヤ系、同性愛と、周囲との違いを痛烈に感じながら生きてきたであろうシンガーの人生が彼の作品の中には刻み込まれ、それがサスペンスやSFを器用にまとめあげた職人仕事以上の深みと哀しみを生んでいる。