昭和初年の秋のこと。一高生水原は修善寺に来ている先輩の小説家杉村を訪ねて伊豆路へやって来た。水原は此処で旅芸人栄吉の一行と知り合い、湯カ島から湯カ野へと一緒に伊豆路を下った。一座の踊子薫のあどけない美しさは、彼のせつない旅情に溶けこんだ。水原は薫と肩を並べて歩きながら、薫の唄声に合せて口笛を吹いた。夜になると踊子達は宴会の席に呼ばれて行った。彼女等が酔客の慰さみものになっているのではなかろうかと、太鼓の音を聞きながら、悩ましくてたまらなかった。薫も水原に淡い恋心を感じているのか、彼女を好いている湯カ野の温泉旅館の伜順作の、彼女を引き取りたいという申し出も断った。一行は下田に着いた。ここでみんなと別れて東京へ帰る水原を、踊子達は何も言わないで淋しく見送った。船の甲板に立った水原の目からも涙がわけもなくこぼれた。