石川喜一と妻の佐喜枝は夫婦共稼ぎの理髪店を経営していた。そこへ佐喜枝の従弟の珠太郎が弟子入りして来た。珠太郎は純情な農村青年であった。喜一に召集令が来た。戦局は益々不利になり、物資も不足して来た。若い妻と、その従弟はいつしかお互いをいつくしみ合うようになり、微妙な気持で日々を送るようになった。やがて珠太郎も徴兵検査を受け出征することになった。彼を駅に送って帰って来ると喜一戦死の報が来ていた。佐喜枝は実家に帰り、冷い兄嫁の仕打を受けつつ喜一と珠太郎の残した剃刀とぎに投頭した。戦争が終った。佐喜枝は東京へ出ると焼跡に出来た栗本の理髪店で働くことになった。珠太郎が復員して来た。珠太郎にとっても佐喜枝は忘れられない人であった。二人は初めて結ばれた。三年の月日が流れた。バラックの理髪店を営む二人のもとに戦死した筈の喜一が帰って来た。珠太郎は自責の念にかられて家出をした。善良な喜一は二人を憎むことも出来なかった。苦痛の日々が続いた。ある時、佐喜枝と珠太郎がしのび逢っている旅館に喜一が現われた。左喜枝は自殺を図ったが喜一にはばまれた。すべてを剃刀に集中して、他のことを忘れようとする佐喜枝の耳に、東北のしろがね温泉にいるという珠太郎の噂が入った。佐喜枝は矢も楯もたまらず、雪の深いその温泉に出かけた。珠太郎はその附近のダム工事の作業員をしながら、佐喜枝に瓜二つの芸者梅子に傷心をいやしていた。佐喜枝の姿を見た珠太郎は、愛と義理との板ばさみになり家を出て行った。佐喜枝も彼の後を追い、吹雪の中に死んだ。彼女の死体が発見された頃、別の場所で珠太郎もまた死体となって発見された。