明治末期。大徳寺醫院の跡取りとして若くして地位も名誉も手にした雪雄は、りんという美しい妻を娶り、まさに順風満帆の人生を歩みつつあった。ところが、そんな雪雄に突然の不幸がふりかかる。父・茂文と母・美津枝が相次いで不思議な死に方をし、自らも自分にまとわりつく謎の視線に悩まされるようになったのだ。そんなある日、ひとりで庭に出ていた雪雄は、自分と全く同じ顔をした男に古井戸に閉じ込められてしまう。雪雄の振る舞いを完璧に身につけていたその男は、何食わぬ顔で雪雄になりすますと、雪雄として生活を始める。実はこの男、脚に醜い痣があったことから、生まれてすぐに川に捨てられた雪雄の双子の片割れだったのである。乞食の角兵衛に拾われた男は、捨吉と名づけられ貧民窟で育ったが、自分の生家が立派な医院であったことを知り、積年の怨みを晴らすべく両親を殺害し、雪雄に代わって裕福な生活を手に入れることを思いついたのである。しかし、そんな捨吉の企みに気づいた者がいた。りんである。彼女は捨吉が貧民窟で愛した女であったが、角兵衛に勘当されて姿を消していた捨吉の帰りを待ちきれず、彼にそっくりな雪雄と結婚していたのだ。捨吉との再会を喜ぶりん。だが、捨吉は自分の正体をりんに明かさなかった。それが、自分を裏切ったりんを苦しめる何よりの復讐だと思ったからだ。こうして、何もかもを自分の手中に収めた捨吉。だが、悪運もこれまで。彼は井戸の底から這いあがった雪雄に殺されてしまう。その後、雪雄はりんとの間に子供をもうけ、以前と変わらぬ生活を送るが、ただひとつ以前の彼と違っていたのは、蔑視していた貧民窟の回診に出かけるようになったことだった。