青田と稲が見える.ラストショットで田園地帯の稲藁の間に座り込んでいる蓮見(市原隼人)も見える.津田(蒼井優)や星野(忍成修吾)もやはりそうした田園に佇み何かを聴いている.ヘッドフォン,イヤフォン,それぞれの仕方でそれぞれの音楽を聴いているように見えるが,目下の話題は「リリイ・シュシュ」らしい.ファンサイトでは,歌声としての彼女のエーテルとアーティスト談義が盛り上がってもいる.
ジョン・レノン,ドビュッシーのピアノ曲,椎名林檎,南島の音曲,合唱曲はアカペラの「翼をください」,KinKi KidsのCD, 吹奏楽など音楽はさまざまなジャンルが混じり混んでいる.ジョンが暗殺されたその日から20年ほど経った日に,代々木第一体育館でリリイのコンサートが行われている.
CD時代を示すレコード店とそこでの万引き,佐野や足利の北関東な地名,高速バス乗っ取りという騒ぎ,夜の暗さ,宇宙の始まりが見え,聞こえている.宇宙人は何を考えているのかわからないし,「俺のことわかっていない」世界がいまここにある.1980年12月,1995年2月,1999年,2001年と時は刻まれ,年代記のように物語は綴られ,字幕は一種の詩篇のようにも働いている.
アラベスクという用語も聞こえる.アラグスクという島の語にも関わるのだろうか.廊下の奥の露光の変化とキャメラの小さな移動が見える.キャメラはいつでも揺動しながら,時に星野が手に持っているらしきハンディカメラによる撮影が挿し込まれる.
答辞を読んだ星野も優等として存在しているが,剣道部の池田先輩(高橋一生)やクラスのリーダー的存在の佐々木健太郎(細山田隆人)などすくすくと育っている子もいる.橋の上から立ちションは,雨とバスのようなイメージと連動し,海洋と島嶼には楽園と地獄も重ねられる.トビウオのような魚ダツが無意味に襲いかかる.急に飛び出した男(大沢たかお)は頭から血を流して死んでおり,それは飛び,墜落した女性のイメージに重なる.案内人(市川実和子)がそこにはいるが,世界は不案内でもある.
迷い込んだ女性たちがいる.そこで久野(伊藤歩)は抵抗を示す.津田も静かに涙を流している.価値は廃れ,札束は海に投げ上げられ,3万円の万札は踏みつけられる.犬伏(沢木哲)は犬の真似をさせられており.価値だけでなく上下も転倒したかに見える.学校に来られなくなってしまっている犬伏をよそに,学校制の年代を継続されている.担任教師(吉岡麻由子)はクラスに意見を求め,出欠をとり,その年代記に日々の記録をつけている.「先生,蓮見くんが吐きました」とどこからともなく報告がある.蓮見の頭の中には,先生曰く「変な」音が鳴っているらしい.足の裏を見せる不敵で不遜な津田もいる.電柱がそこに倒れていなければならない.倉庫がそこにあり,風の音が聞こえている.腹も空っぽになってしまった津田もいる.神崎(松田一沙)が暗躍しながら,青空には白い飛行機雲が水平な線を描き,カイトが重力をよそに風に乗って赤く舞っている.地上には葬列が見え,星野は田園で叫んでいるらしい.彼の音はどこに伝わっていくのだろうか.