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日本のいちばん長い日(1967)

  • にほんのいちばんながいひ
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  • 平均評点

    81.2点(642人)

  • 観たひと

    923

  • 観たいひと

    63

  • レビューの数

    124

基本情報

ジャンル 文芸 / 戦争
製作国 日本
製作年 1967
公開年月日 1967/8/3
上映時間 157分
製作会社 東宝
配給 東宝
レイティング 一般映画
アスペクト比 シネマ・スコープ(1:2.35)
カラー/サイズ モノクロ/シネスコ
メディアタイプ フィルム
音声 モノラル
上映フォーマット 35mm

スタッフ

監督岡本喜八 
脚色橋本忍 
原作大宅壮一 
製作藤本真澄 
田中友幸 
撮影村井博 
美術阿久根巖 
音楽佐藤勝 
録音渡会伸 
照明西川鶴三 
編集黒岩義民 
スチル吉崎松雄 

キャスト

出演宮口精二 東郷外務大臣
戸浦六宏 松本外務次官
笠智衆 鈴木総理
山村聡 米内海相
三船敏郎 阿南陸相
小杉義男 岡田厚生大臣
志村喬 下村情報局総裁
高橋悦史 井田中佐
井上孝雄 竹下中佐
中丸忠雄 椎崎中佐
黒沢年男 畑中少佐
吉頂寺晃 梅津参謀総長
山田晴生 豊田軍令部総長
香川良介 石黒農相
明石潮 平沼枢密院議長
玉川伊佐男 荒尾大佐
二本柳寛 大西軍令部次長
武内亨 小林海軍軍医
加藤武 迫水書記官長
川辺久造 木原通庸
江原達怡 川本秘書官
三井弘次 老政治部記者
土屋嘉男 不破参謀
島田正吾 森近衛師団長
伊藤雄之助 野中俊雄少将
青野平義 藤田侍従長
児玉清 戸田侍従
浜田寅彦 三井侍従
袋正 入江侍従
小林桂樹 徳川侍従
中谷一郎 黒田大尉
若宮忠三郎 水谷参謀長
山本廉 伍長
森幹太 高嶋少将
伊吹徹 板垣参謀
久野征四郎 大隊長
小川安三 巡査
田島義文 渡辺大佐
森野五郎 大橋会長
加東大介 矢部国内局長
石田茂樹 荒川技術局長
田崎潤 小薗大佐
平田昭彦 菅原中佐
中村伸郎 木戸内大臣
竜岡晋 石渡宮内大臣
北龍二 蓮沼侍従武官長
野村明司 中村少佐
藤木悠 清家少佐
北村和夫 佐藤内閣官房総務課長
村上冬樹 松阪法相
北沢彪 広瀬蔵相
岩谷壮 杉山元師
今福正雄 畑元師
天本英世 佐々木大尉
神山繁 加藤総務局長
浜村純 筧庶務課長
小瀬格 若松陸軍次官
佐藤允 古賀少佐
久保明 石原少佐
草川直也 長友技師
石山健二郎 田中大将
滝恵一 塚本少佐
藤田進 芳賀大佐
田中浩 小林少佐
佐田豊 佐野恵作
上田忠好 佐野小門太
勝部演之 白石中佐
加山雄三 館野守男
新珠三千代 原百合子
宮部昭夫 稲留東部軍参謀
関口銀三 岡部侍従
関田裕 神野参謀
井川比佐志 憲兵中尉
須田準之助 高橋武治
小泉博 和田信賢
大友伸 陸軍軍務局長
堺左千夫 厚木基地飛行整備科長

解説

大宅壮一名義(実際の著者は当時編集者だった半藤一利)で当時の政治家宮内省関係、元軍人や民間人から収録した実話を編集した同名原作(文芸春秋社刊)を、「上意討ち -拝領妻始末-」の橋本忍が脚色し、「殺人狂時代」の岡本喜八が監督した終戦秘話。撮影は「喜劇 駅前競馬」の村井博。

あらすじ

戦局が次第に不利になってきた日本に無条件降伏を求める米、英、中のポツダム宣言が、海外放送で傍受されたのは昭和二十年七月二十六日午前六時である。直ちに翌二十七日、鈴木総理大臣官邸で緊急閣議が開かれた。その後、八月六日広島に原爆が投下され、八日にはソ連が参戦、日本の敗北は決定的な様相を呈していたのであった。第一回御前会議において天皇陛下が戦争終結を望まれ八月十日、政府は天皇の大権に変更がないことを条件にポツダム宣言を受諾する旨、中立国のスイス、スウェーデンの日本公使に通知した。十二日、連合国側からの回答があったが、天皇の地位に関しての条項にSubject toとあるのが隷属か制限の意味かで、政府首脳の間に大論争が行なわれ、阿南陸相はこの文章ではポツダム宣言は受諾出来ないと反対した。しかし、八月十四日の特別御前会議で、天皇は終戦を決意され、ここに正式にポツダム宣言受諾が決ったのであった。この間、終戦反対派の陸軍青年将校はクーデター計画を練っていたが、阿南陸相は御聖断が下った上は、それに従うべきであると悟した。一方、終戦処理のために十四日午後一時、閣議が開かれ、陛下の終戦詔書を宮内省で録音し八月十五日正午、全国にラジオ放送することが決った。午後十一時五十分、天皇陛下の録音は宮内省二階の御政務室で行われた。同じ頃、クーデター計画を押し進めている畑中少佐は近衛師団長森中将を説得していた。一方厚木三〇二航空隊の司令小薗海軍大佐は徹底抗戦を部下に命令し、また東京警備軍横浜警備隊長佐々木大尉も一個大隊を動かして首相や重臣を襲って降伏を阻止しようと計画していた。降伏に反対するグループは、バラバラに動いていた。そんな騒ぎの中で八月十五日午前零時、房総沖の敵機動部隊に攻撃を加えた中野少将は、少しも終戦を知らなかった。その頃、畑中少佐は蹶起に反対した森師団長を殺害、玉音放送を中止すべく、その録音盤を奪おうと捜索を開始し、宮城の占領と東京放送の占拠を企てたのである。しかし東部軍司令官田中大将は、このクーデターの鎮圧にあたり、畑中の意図を挫いたのであった。玉音放送の録音盤は徳川侍従の手によって皇后官事務官の軽金庫に納められていた。午前四時半、佐々木大尉の率いる一隊は首相官邸、平沼枢密院議長邸を襲って放火し、五時半には阿南陸相が遺書を残して壮烈な自刃を遂げるなど、終戦を迎えた日本は、歴史の転換に伴う数々の出来事の渦中にあったのである。そして、日本の敗戦を告げる玉音放送の予告が電波に乗ったのは、八月十五日午前七時二十一分のことであった。

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