南千住の線路わき、温泉マークの“ことぶき旅館”の女将阿部たねは初枝という女中を使い、役所勤めの長女松子、大学生の竹之助、高校生の梅代の三人の子と幸福な日を送っていた。が、母は、週一度訪れてくる和吉という父親の妾であることを知る子供たちには何か暗い影があった。松は同僚の須藤一夫と結婚話が進んでいたが、一夫の母滋子が阿部の秘密を知るに及んで大反対、破談となった。一夫は気の進まぬ見合結婚をし、自棄になった松子は家出した。二年後、松子は神戸元町のキャバレーでダンサーとなっていたが、ある夜、思いがけず一夫を客として迎えた。その夜、安ホテルで情熱的に一夫を抱いて、もう放さないと言ったが、その一夫はもはや東京へ戻れぬ身。見合結婚に倦きた彼は役所で汚職を犯し追われていた。松子は一夫を自分のアパートに養い耽溺の生活を続けたが、やがて望郷の念に駆られた一夫は東京の実母に、帰りたいが松子が放さないと手紙で訴えた。一夫の母は、たねを訪れ、息子を返せと責めた。ある日曜日、買物に出た竹之助と梅代は、ふと正妻の息子たちを連れた父和吉の姿を見て味気ない思いに駆られた。梅代は生れて初めての酒を飲み歩き帰らなかった。沛然たる土砂降り--夜も更けて、たねの旅館の表口を叩いたのは梅代ならぬ松子であった。どうしても東京へという一夫を連れてきたのだが、母から一夫の手紙の件を聞き、その変心を知った。だが、死ぬまで一緒と思いつめた彼女は、その夜、一夫と無理心中を遂げた。「須藤に捨てられたのは母が二号であったため」--松子の遺した日記は涙で滲んでいた。帰宅した梅代と竹之助は、母と別れるよう和吉に迫った。和吉は去った。が、たねとの関係が余儀なかったことだと、和吉は兄妹に話した。和吉に去られたたねは、ようやく再出発の決心をし、今の商売は止そうと明るく子どもたちに語った。