静と英一郎、峰子の親子は、都心を離れた郊外で二階借の貧しいながらも愛情に満ちた家庭であった。英一郎は大学を卒業して仙台の銀行に就職口が出来たが東京で一緒に暮したがっている静を見ると決心がつかなかった。峰子は女子体育大学生の活発な娘で友人の照子と貞子は、共に英一郎に淡い慕情をよせていた。英一郎と同窓の蒲原や照子の兄も就職先がなく、三人は時折喫茶店に集っては憂をはらしていた。或日、九州から伯父の源造が上京した。静は故郷の噂話を懐しんだが、源造に帰郷を勧められると、にべもなく断ってしまった。母親なしで子供達が暮らせるなどとは彼女には考えられなかった。源造の帰郷後、彼が英一郎達の就職を九州で探そうと云った事や、英一郎にもその気のある事を知って彼女は驚くのだった。その後、一面識もない宗像夫人が、中学に入ったという息子の良を連れて訪れた。英一郎が四年も前から良の家庭教師であることを初めて知った静の心は穏やかでなく、その上夫人から却って息子の仙台行の決意を聞かされ、息子の心を理解出来ない母の座の寂しさを感じた。静は英一郎と一緒に仙台行を決心したが宗像一家とのお別れピクニックが催されたその夜、英一郎は突然発病し、静の看病の甲斐なく数日後には不帰の客となった。呆然とした静の手には、英一郎が母に内緒でかけていた生命保険の証書が遺されていた。失意の静は、訪れてくれる蒲原に慰められ、彼に亡き英一郎の面影を偲んだ。英一郎の遺品の背広を着せた蒲原と峰子の仲の良い姿に、老母は温い視線を注いだ。