秋本洋一の家は、ある下町の隅で魚屋をやっており、父源吉、母お新、姉豊子、妹和枝等の弟妹と七人家族で細々と暮していた。洋一は魚屋が嫌いで船乗りに憧れ叔父から貰った双眼鏡を手に毎日二階から遠くを眺めていた。姉の豊子は貧乏が嫌いで、恋人の須藤と結婚の約束をしていたが、彼の父が事業に失敗したと聞くと彼から離れた。次いで豊子は新たに、金持の五十男との話を家族の反対をよそに一人で進めていた。こうした時、源吉は心臓病で倒れた。洋一は父と母の言葉に、魚屋になる決心をした。こうした洋一を慰めてくれるのは、双眼鏡に写る少女の姿であった。ある日、洋一と友人の原田は双眼鏡の少女の家を探し当てたが、その少女は、いたいたしい病身の身で嫁いで行くところだった。洋一の姉豊子は、勤務先の課長に親代りになってもらい、五十男の後妻になったが、別れた筈の須藤と箱根で遊んだりする無軌道ぶりを示していた。こうした彼女を探す夫の電話に、病をおして出た父源吉は、くずれるように倒れた。源吉の死後、妹の和枝は大阪の叔父幸造に引き取られていった。原田の母喜代からは、親友の一家が北海道に転任することを知らされ、若い洋一の上には、次から次へと厳しい現実の波が打ち寄せてきた。それから四年、洋一は茨の道を雄々しく切り開き、今は小ぎれいな店で母と共に、あざやかな手つきで刺身を切っていた。夕やけ雲の下、細々と立つ夕げの煙を前に崖に立つ洋一は、“さようなら、俺の愛していたみんな、遠メガネの女も、妹も、友達も、船乗りに憧れた青春の夢も”と呟いた。