藤崎恭二は軍医であった。前線の野戦病院、次から次に運び込まれる負傷兵、患者、恭二は休む暇もなく手術台の側に立ち続けねばならなかった。陸軍上等兵中田龍夫は下腹部盲腸で一命危ないところを、恭二の心魂こめた手術が成功してとりとめた。ところが中田は相当悪性の梅毒で、恭二はちょっとした不注意のため小指にキズを作り、それから病毒に感染した。敗戦後、恭二は父親の病院で献身的に働いていた。が、薬品のない戦地で、恭二の病気は相当にこじれていた。父にも打ち明けず、彼は深夜ひそかにサルバルサンの注射を打ち続けていた。思わしい効果は現れて来なかった。彼には許婚者松木美佐緒という優しい女性があった。彼女にも無論病気の事は話してなかった。復員後すっかり変わってしまった恭二に美佐緒は何としても納得しかねる気持ちがあった。六年間も待ちつづけた恋しい人だったのに。まるで結婚の事は考えていない様子の恭二、隠している事があるに違いないのだ。彼女は根ほり葉ほり聞きだそうとしているが、一ツの線からは一歩も踏み込ませようとしない。間に入って困る父親、そして遂に何もかも判る時が来た。