ナポレオン一世の全盛期の物語。「バーク中隊は占領せるライナー村の沼の側なる風車小屋を完全に保持すべし」との命令を受けたバーク大尉は人員点呼をして見ると彼の中隊の生存者は自分を加えて僅か十三名に過ぎないことを知った。十三名の中隊が一体何をすることが出来ようか。然し命令は下ったのだ。中隊は風車小屋を死守しなければならない。小屋は底無し沼を越えて対岸へ渡る一本道の終点に位置しているので、フランス軍は是非此処を通らなければ侵入することは不可能なのだ。バーク中隊の任務は味方のプロシア軍の後衛が完全にザーレ橋を渡って撤退して了うまで風車小屋でフランス軍の進出を阻止するにあった。バーク大尉は風車小屋の老人夫婦に退去を命じた。懸知り初むる年頃となった老人の娘ドーラは硝煙と泥とで真黒に汚れた大尉の顔を見上げて胸をときめかしたのであった。十三名のバーク中隊は雄々しく最後の夜を送ろうとすると、退去した筈のドーラが戻って来て、兵士達に毛布などを出して与えた。バーク大尉は去れと命じたがドーラは動こうともしなかった。明朝は死出の旅に赴かなければならぬ、と知ってもドーラは此の英雄のそばを離れ度くなかった。ドーラの心は武骨な軍人肌の大尉の胸にも通じた。大尉はひしと彼女をかき抱けばドーラは咽び泣くのであった。しかし二人は恋を語る暇はなかった。フランス軍の先鋒は早くも迫ったのである。戦闘は開始される。しかしドーラは逃げ去ることを肯じなかった。小屋は敵軍の猛射を浴びた。十三名の兵士達は応戦に努めるが、一人仆れ二人死んで遂に小屋からの銃火は途絶えた。フランス軍の士令官は小屋の中に折合って死んでいる一名の士官と十二人の兵士と士官の胸にとりすがっている娘を発見し、十四の屍に敬礼をしたのである。折柄ザーレ橋は爆破された。プロシア軍の撤退は完了したのだ。バーク中隊はその任務を死を以て完全に勤めたのである。