物情騒然としてきた天保年間、幕府の陰謀、策略が日夜企てられ、暗躍していた。ここ、人里離れた三州峠に偶然なのか、申し合わせなのか、にわかに人が集まってきた。まず、“からす”と呼ばれる謎の武士に金で買われた鎬刀三郎という用心棒風の男。彼はある密命をうけていたが、それが何であるかは全く知らなかった。三郎は途中、風来の女おくにを助け、峠のふもとにある一軒の茶屋に預けた。その茶屋には明るい田舎娘のお雪、強欲な老主人の徳兵衛、それに玄哲と名乗る無気味な医者くずれが同居していた。そして渡世人の弥太郎が足をとめた。さらに血だらけの男が二人、一人は狙った獲物は必ず射止めるという追跡役人の伊吹兵馬で、その縄にかけられているのは盗人の辰であった。三郎と弥太郎が茶屋を出たあと、五、六人の凶悪者が押し入り、伊吹らをおそった。茶屋は一瞬にして恐怖と化し、連中は辰から何か伝言を聞き出すと容赦なく斬り捨て、伊吹ら四人を人質にした。この盗賊の首領は何と意外にも同居人の玄哲ではないか。そこへ、三郎が他の凶悪者に捕えられて入ってきた。三郎の持っていた、一通の密書を見た玄哲は三郎が仲間であることを知り、水野越前守の命で、三州峠を通る御用金を掠奪し、松本藩をつぶすためだと話した。ところが、その命を下した“からす”から「玄哲を斬れ」という密書が三郎に届いた。実は御用金などというのは真赤な嘘で、水野の弱みを握る玄哲を抹殺するという“からす”の大芝居だったのだ。“からす”の差し向けた囮の行列が近づいてきた。弥太郎が率いる陣屋の捕手もかけつけた。策略を知った三郎の止めるのをふりきって、玄哲は一目散に砂袋をつんだ行列の中へ斬り込んだ。だが裏切られ、野望をくだかれた玄哲は追手をのがれ、自ら死を選んだ。もはや、三郎には、一人私腹を肥やす“からす”は許すまじき存在であった。“からす”の一行を待ち伏せた三郎は、その胸元に剣尖を走らせた。