柳田桐子は高名な大塚欽三の法律事務所を今日も訪れた。だが返事は冷たい拒絶の言葉であった。熊本の老婆殺しにまきこまれた兄のために、上京して足を運んだ桐子は、貧乏人のみじめさを思い知らされた。「兄は死刑になるかも知れない!」と激しく言った桐子の言葉を、何故か忘れられない大塚は、愛人河野径子との逢瀬にもこの事件が頭をかすめた。熊本の担当弁護士から書類をとり寄せた大塚は、被害者の致命傷が後頭部及び前額部左側の裂傷とあるのは、犯人がギッチョではなかったかという疑問にとらわれた。この疑問は大塚の頭の中で雲のように広がった。数日後桐子の名前で「兄が死刑になった」と知らされた。大塚は弁護をひき受けなかった自分を悔んだ。兄の死後、上京した桐子はバー“海草”のホステスとなった。そして常連の記者から「大塚が事件の核心を握ったらしい」と聞かされて復讐の念にかられた。その頃桐子は同僚のホステス信子から恋人杉田健一の監視を頼まれた。ある夜尾行中の桐子は、健一が本郷のしもた屋で何者かに殺害される現場に来あわせた。そして桐子は偶然いあわせた大塚の愛人径子に冷たい視線を送った。桐子は健一の死体の側にあった径子の手袋を残すと、健一の親友であった山上のライターをバッグにしまった。径子は殺人犯として逮捕され、大塚の社会的地位もあやぶまれた。大塚は証拠品のライター提出と、正しい証言をもとめて桐子の勤め先に足を運んだ。そんなある夜、桐子はライターを返すと大塚をアパートに誘い、ウイスキーをすすめて、強引に大塚に関係を迫った。翌日桐子は担当検事に「大塚から偽証を迫られ、暴行された」と処女膜裂傷の診断書をそえて訴えた。いまや大塚は完敗した。九州に向う連絡船上、桐子の胸に虚しさがつきあがって来た。