駅前のヤミ市附近のゴミ捨場になっている湿地にある小さな沼、暑さに眠られぬ人々がうろついていた。これら界わいの者を得意にもつ「眞田病院」の赤電燈がくもの巣だらけで浮き上っている。眞田病院長はノンベエで近所でも評判のお世辞っけのない男である。眞田はヤミ市の顔役松永がピストルの創の手当をうけたことをきっかけに、肺病についての注意を与えた。血気にはやる松永は始めこそとり合わなかったが酒と女の不規則な生活に次第に体力の衰えを感ずるのだった。松永は無茶な面構えでそっくり返ってこそいるが、胸の中は風が吹きぬけるようなうつろなさびしさがあった。しめ殺し切れぬ理性が時々うずく、まだシンからの悪にはなっていなかったのだ。--何故素直になれないんだ病気を怖がらないのが勇気だと思ってやがる。おれにいわせりゃ、お前程の臆病者は世の中にいないぞ--と眞田のいった言葉が松永にはグッとこたえた。やがて松永の発病により情婦の奈々江は、カンゴク帰りの岡田とけったくして松永を追い出してしまったため、眞田病院のやっ介をうけることになった。松永に代って岡田勢力が優勢になり、もはや松永をかえりみるものもなくなったのである。いいようのないさびしさにおそわれた松永が一番愛するやくざの仁義の世界も、すべて親分の御都合主義だったのを悟ったとき、松永は進むべき道を失っていた。ドスをぬいて奈々江のアパートに岡田を襲った松永は、かえって己の死期を早める結果になってしまった。ある雪どけの朝、かねてより松永に想いをよせていた飲屋ひさごのぎんが親分でさえかまいつけぬ松永のお骨を、大事に抱えて旅たつ姿がみられた。