【家族の崩壊と再生を温かく残酷に見つめる天才児】アメリカ、テキサス州ヒューストンの生まれ。不動産関係の仕事をしている母は、「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」(01)に登場するテネンバウム一家の母・エセルのモデルになった。高校在学中から戯曲を書き、演出も手がけるなど演劇に傾倒。テキサス大学では哲学を専攻したが、ここでオーウェン・ウィルソンと出会う。ウィルソンと共同で書いた脚本を監督した短編「Bottle Rocket」(94)がジェームズ・L・ブルックスの目にとまったことから、これをサンダンス映画祭に出品。資金を得て長編リメイク版の「アンソニーのハッピー・モーテル」(96)を完成させた。続く「天才マックスの世界」(98)はアンダーソン自身の高校生活をモデルにした青春映画。作品自体も高く評価されたが、特に出演者の一人であるビル・マーレイが全米批評家協会賞の助演男優賞を受けるなどして、以後、マーレイとの協力関係が続いていく。“天才家族”の崩壊と再生をユーモラスかつ悲劇的に描いた「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」は、興行的に前2作以上の成功を収めるとともに、家長を演じたジーン・ハックマンもゴールデン・グローブ賞主演男優賞ほかを与えられることとなった。「ザ・ロイヤル・テネンバウムズ」では脇に回っていたマーレイを再び主演に迎えた「ライフ・アクアティック」(04)は、深海探検家と生き別れになっていた父子の絆を中心にしたファンタジー・コメディ。インドを舞台にした「ダージリン急行」(07)に続いて、初のアニメ「Fantastic Mr.Fox」(09)が全米で公開された。【サタジット・レイへの傾倒】文学・哲学に精通するインテリで、ウィルソンとの出会いから映画製作の道に進むと、とんとん拍子に監督デビューを果たしたラッキーボーイ。アンダーソン作品のテーマは常に家族である。と言っても、アメリカ伝統の昔ながらの“ファミリー・バリューズ”を称揚するわけではない。アンダーソンの世界では個性の強すぎるメンバーたちが互いを傷つけあい、そのために家族は崩壊する。あるいは家族が崩壊したために、繊細すぎる登場人物も壊れてしまう。だが、そんな彼らを救うのもやはり家族なのである。「ライフ・アクアティック」に登場する深海艇は、それ自体が家族の象徴であり、そこに乗り込む面々は血縁関係の有無に関わらず、家族のメンバーなのだ。「ダージリン急行」でも列車が家族の象徴として使われ、そこに乗り合わせた人々はマーレイ扮するビジネスマンのように、たとえ主人公たちと面識がなくても、やはり過酷な人生をともに生きていく家族である。アンダーソンはインドの巨匠サタジット・レイを崇拝しており、自作のすべてに「レイの作品がさまざまな形で影響している」とも述べている。「ダージリン急行」をインドで撮影したのもレイへのトリビュートだった。