昭和のはじめ。京都千住院の娘白川藤子は女学校を出ると牛肉屋山崎亭の真太郎と願いかなって結婚した。山崎亭の親父徳平は菊勇と春江という二人の妾をもっていた。結婚したばかりの藤子には義父母のそうした夫婦生活が納得ゆかなかった。が、間もなく夫の真太郎が女中のゆきと土蔵の中で関係したのを知らねばならなかった。藤子は既に妊娠していた。怒りと絶望で泣く藤子に弱気な真太郎はただあやまるばかりであった。この日から藤子の不幸な一生は始った。尊敬する兄政夫は社会運動で特高に引っぱられ、ゆきは大きなお腹をしたまま実家へ帰された。そして藤子は本当に産みたくない気持で真太郎の子供を産み落し、ゆきの子供も引き取って一緒に育てる決心をした。すっかり牛肉屋の若奥様になった藤子は家の切り盛りや子供の養育に夢中になっている中に、再び真太郎の放蕩は始り、祇園祭の日真太郎と情婦が重なって倒れている現場に駈けつける憂目に合わねばならなかった。それからの藤子はただ子供の成長だけを生甲斐に生き抜いた。昭和十七年夏、学徒動員。間もなく二人の子供太郎と次郎は戦場へ出発した。悪夢のような戦争は終え、山崎亭はゆきの手助けで再び開店したが、次郎は遂に帰って来なかった。しかも復員した太郎はあの同じ土蔵の中で女中を手篭にし、家出した。転落して東京でパンパンになった女中の子供を藤子は静かな諦めで引き取った。「世の中は苦労のくり返しどす」と言うゆきの傍で、藤子は子供をあやしながら、ある日は夫と、ある日は子供と歌った歌を静かに口ずさんだ。