志賀伸子は、医師の伊原と、娘の多美子との結婚を希っているようだ。主人を失った志賀家は未亡人の伸子と義理の娘多美子、その兄の順二郎との三人暮しで、遺産生活の内容はさほど楽ではない。順二郎は長い病床生活で、現在は株の売買に唯一の生き甲斐を見出している。義理の母のすすめる伊原との縁談を多美子が嫌がるのは、母と伊原の間をうたぐっているからだ。かつて志賀家の玄関番だった小松鉄太郎は、多美子を愛しながらも気が弱いため、彼女の結婚話を当然のことのように眺めているのだ。彼は会社に辞表を出すと、関西旅行に出かけた。志賀家に残された最後の財産--京都の地所を処分するため、京都へ行くことになった多美子は伊原を呼び出して箱根で一夜を明かした。順二郎は伊原を自宅に呼び妹との結婚をすすめたが、伊原は彼女の相手には小松がふさわしいと答えた。そして送って出た伸子を抱きしめて首筋に接吻した。一方、多美子は京都で小松と出逢い、同じ汽車で帰京した。伊原と小松は酒場で久しぶりに顔を合せたが、この店にも伊原の女がいた。そんな女たちの目の前で、伊原は箱根の夜のことを冗談めかして語るので、小松は伊原を殴りつけた。多美子が伊原に会って箱根の責任をただすと、伊原は「君は僕との結婚を計算ずくで考えているだけで、心に愛情などありゃしない」と呟いた。一方、小松は九州に職を得て東京を離れようとし、多美子がとめるのを振りきって出発した。伸子が実家に帰る決意をした夜、順二郎のかつての妻が志賀家に現れ、衝撃で順二郎は喀血し危篤に落ち入った。母が去ったあと、多美子は臨終間近の兄から、株のために財産の殆どを費い果したことをきかされた。順二郎は墓穴に、生きている人も各自自分の穴にこもり出ようとはしない。ある者は古い、ある者は無気力な、ある者は現実的な穴の中に入っている。順二郎の遺品を焼く多美子の表情は過去と現実の苦痛を必死に耐えようとするものであった。