〔第一話 十三夜〕何もわからぬ娘のまま奏任官原田勇の許に嫁いでいったおせきは、一子太郎を家に残して仲秋の名月の晩実家に帰ってきた。母もよは同情するが、父主計は娘の言い分をなだめ追返す。帰途、おせきが乗った人力車夫は、幼馴染みのおちぶれた録之助であった。二人は今の自分の身を振りかえり幼き日の恋心を打ち明けることもなく、東と南に別れた。 〔第二話 大つごもり〕資産家山村嘉兵衛の不人情な主婦あやの家に下女奉公している気だてのいいみねは、大恩ある伯父安兵衛に大晦日までに前借りを頼まれ、あやに頼むが断られた。止むなくせっぱつまった晦日に二円盗んだ。しかし、幸か不幸か当家の放蕩息子石之助が親の留守に金を盗み出したため、みねに疑いはかからなかった。 〔第三話 にごりえ〕本郷丸山下の新開地、小料理屋「菊之井」の酌婦お力は、今の苦界から逃れようともがいていた。お力の色香に迷い、落ちぶれ果てたもと蒲団屋の源七は今尚お力を忘れかね、「菊之井」の店の前に佇むが、お力は会おうともしなかった。彼女は気前の良い客結城朝之助に憧れるが、心の隅では源七を満更思いきれなかった。内職をして細々一家を支えている源七の妻お初は、お力に嫉妬して罵り、源七に離縁されてしまった。お盆も幾日かすぎた日、袈裟がげに斬られたお力と、割腹した源七の無惨な姿が近くの草叢に見出された。