瀧の白糸は北陸一帯を巡業する見世物師の中でも、一際優れた水芸の大夫だった。或年の初夏、金沢での興行の折、白糸は、馬車会社の馭者しているが、志堅く高い理想を持った青年欣彌と知り合い恋を語るようになった。そして彼を立派に仕上げるために東京に送り、興行から得る金を仕送って法律を勉強させた。欣彌を想う情の厚いように、欣彌のために白糸は金を大切にしなければならなかった。だが一座の若者新蔵と南京出刃打の看板娘撫子との儚い恋を見ては、欣彌に送る金さえ投げ出す侠気の白糸だった。撫子を苦しめていた親方の南京はこのことから白糸を憎むようになり、やがて秋が来て白糸が欣彌に仕送る金に窮し、高利貸岩淵から血の出るような思いで貰った金を、帰り道の暗闇に待ち伏せて強奪した。金を奪われて昂奮した白糸は意識を失い、夢遊病者のように或る家に入り、己が意識を取り戻した時はその家の主人を殺していた。愕然としたが、欣彌に送る金の事のみを考えて、その場に有った金を掴んで飛び出し、東京に奔った。しかし求める欣彌は東京に居なかった。白糸は犯した罪の恐ろしさに良心の呵責をうけ、両国橋から投身しようとしたが、若い男と馳落ちした南京の女房が通りかかり、白糸に生きよと励ました。そして欣彌が今では立派になって金沢にいることを教え、なけなしの財布をはたいて白糸を金沢に旅立たせた。その頃白糸の上には金沢での殺人事件容疑者として官憲の手が伸びていた。白糸はせめて一度欣彌に逢うまでと、懸命に逃げ回ったが遂に未決監につながれる身となった。そして皮肉な運命は白糸を裁く検事として欣彌を起たせた。恩愛と法律のジレンマに堕ちて欣彌は悩み苦しんだが、法は歪められず白糸に死刑を宣した。その時白糸は舌をかみ切って覚悟の自殺を遂げた。あまりの悲惨事に欣彌もまた白糸の後を追って死んで行った。